先日、僕はBS朝日の「激論!クロスファイア」で、ゲストとして本書の著者である矢部氏と石破茂元防衛大臣を招き、日米地位協定について議論をした。石破氏は、「この協定に少しでも触れたことを言おうとすると、『そんな話はしてはいけない』という空気がある」と述べた。いわば、この話はタブー視されているというわけだ。

 あるテレビ番組の取材で、外務省の元北米局長に日米合同委員会について尋ねると、「日米合同委員会については、何も知りません。そんなものがあるのかすら知りません」と答えた。

 北米局長は、同委員会の日本側の代表だ。何も知らないわけがない。しかし、何か知っていることを認めれば、日本国内で信用をなくし、誰からも相手にされなくなってしまうから言えなかったのだろう。

日本は憲法を盾に、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきた

 なぜ、このような構図になってしまったのか。

 日米安保条約が結ばれたのは、冷戦時代のことだ。日米はソ連と敵対していたが、日本だけでは軍事的にソ連に対抗することはできない。そこで、日本が他国から攻められたら、米国は日本を守るという約束をした。ただし、米国が他国から攻められたら、日本は何もしない。

 なぜ、このような内容が成立したかといえば、米国は日本ではなく、「極東」を守るという思惑があったからだ。

 冷戦が終わると、米国は日本に「集団的自衛権の行使ができるようにしろ」と要求してきた。米国が他国から攻められたら、日本も守れるようにしろ、ということだ。

 まさに、日本は米国の植民地のような立場である。これについて、宮沢喜一元首相が、僕にこんなことを言ったことがある。

 「日本人は、自分の体に合った洋服を作るのは下手だ。しかし、押し付けられた洋服に体を合わせるのはうまい」。

 押し付けられた洋服というのは、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のダグラス・マッカーサーが日本国憲法の草案を作ったことを意味している。日本国憲法が公布されたのは、1946年11月3日だ。当時の日本は非武装だから、米国は日本に憲法をつくり、全面的に守るという形をとったのだった。

 一方で日本は、その憲法を盾にして、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきた。

 例えば、佐藤栄作内閣の時にベトナム戦争があった。米国は日本に「自衛隊を派遣し、ベトナムで一緒に戦おう」と要求してきた。日本は米国の従属だから、「NO」とは言えない。

 そこで佐藤内閣は、「もちろん一緒にベトナムで戦いたい。しかし、米国が難しい憲法を押しつけたから、行くことができない」と答えた。憲法9条を盾に、米国の戦争に巻き込まれるのをうまく回避したというわけだ。

 小泉純一郎内閣の時には、イラク戦争が始まった。フランスやドイツは、「イラク戦争反対」を唱えたが、小泉氏は米国を支持した。ブッシュ米大統領(当時)は喜び、「一緒にイラクで戦おうじゃないか」と日本に要求してきた。

 すると小泉氏は、「もちろん行く。しかし、米国が押しつけた難しい憲法によって、日本は水汲み作業しかできない」と言った。こうして自衛隊は、イラク南部のサマーワに派遣されて、給水活動や医療支援活動を行った。

 日本は押し付けられた憲法を盾に使って、米国の戦争に巻き込まれないようにしてきたのだ。