筋が通っていたのは共産党だった

 僕は、やはり大人たちは信用できないと改めて感じた。むしろ筋が通っているのは、戦争反対を最後まで貫いた共産党ではないか、とさえ思った。

 その頃から僕は、「世界は社会主義になるのではないか」と思うようになった。ソ連という国は、本当は理想的な国なのではないか、と。

 1965年のことだ。世界ドキュメンタリー会議がモスクワで行われることになり、日本からは当時、テレビ東京に所属していた僕が出席することになった。

 その前年、ソ連首相のニキータ・フルシチョフが失脚した。彼は、スターリンを批判して登場したので、日本では「ソ連の雪解けだ」と大変歓迎された人物だった。

 そのフルシチョフが、なぜ失脚したのだろうか。僕は、モスクワ大学の学生15人とディスカッションした時に、「フルシチョフはなぜ失脚したのか」と率直に聞いてみた。そこで彼らがちゃんと説明してくれると思ったからだ。しかし、学生たちは何も答えないばかりか、口が震えんばかりに顔が真っ青になった。

 4週間の滞在の間、僕は取材を続けたのだが、ソ連という国は、言論の自由が全くない国だということが分かった。これはとんでもないことだ。この国はダメになる。僕は強く思った。

 しかし、帰国した僕は、そのことを日本で言えなかった。当時は、朝日、読売、毎日、産経、みんな左翼だったから、「ソ連はダメだ。社会主義なんかダメだ」と言えば、僕はパージされると思ったからだ。いや、今にして思えば、僕が当時、こんな発言をしたら、明らかにパージされていただろう。

 そういう体験から、僕は左翼を信用しなくなった。かといって、敗戦の経験から自民党を信用するわけにもいかない。僕はアナーキスト(無政府主義者)のような考えを持つようになった。