オウム真理教の元代表らの刑執行について記者会見する上川陽子法相(写真:ワードリーフ/アフロ)
7月6日、オウム真理教の元代表、松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚の刑が執行された。一連の事件に関わった井上嘉浩元死刑囚、早川紀代秀元死刑囚、中川智正元死刑囚、遠藤誠一元死刑囚、土谷正実元死刑囚、新実智光元死刑囚の刑も同日に執行された。
なぜ、執行のタイミングが今だったのか。一つは、来年の4月30日に平成が終わることが大きい。もう一つ、国会が終わるタイミングという点もあるだろう。
僕は、麻原元代表と二度、直接会って論争をしたことがある。幹部たちとも、テレビ番組等で話をしたことが何度もある。
元々、オウム真理教はヨガ道場で、幹部たちの多くはそこに通っていた。ヨガをやっていると、どうやら神秘体験をすることがあるという。自分の意識が身体から抜け出したり、急にエネルギーが注がれるような感覚を覚えたりするといった非日常的な体験をすることがあるそうだ。
そういった体験をしていくうちに、当時の幹部たちは、ヨガ道場を宗教団体にしようと考え始めた。その時点で、幹部たちは教祖である麻原元代表に全幅の信頼を寄せていた。学歴という点では、麻原元代表よりも幹部たちの方がはるかに優秀であるが、彼らは麻原元代表を全く疑うことがなかったのである。
1995年に刺殺された村井秀夫元幹部は「カモメのジョナサンになりたい」と話していた。生きることに空しさを感じたのか、目的を失った者たちが、この団体に入信していたのである。
論争で感じたこと
宗教とは、敵を作らなければ組織がまとまらない面がある、と僕は思っている。そして、オウム真理教では、そのターゲットを「米国」にした。米国が我々を攻撃してくる。だから、米国と戦うためにサリンを作らなければならない──そういった理屈で、サリンの開発を始めたのである。
麻原元代表は、チベット仏教にも強い興味を示していた。「オウム真理教」という名称になってから、麻原氏はダライ・ラマ14世と接見し、これを教団の布教に利用した。
信者たちは麻原元代表に認められようとして、必死に修行をした。修行とは、「死んだ後、仏になるために行う努力」であるという。
そのうち教団は、「悪い人間は、自分たちが殺してやることで仏になれる」という思考を持った。そして彼らが誰かを殺害することを「ポア」と名付けたのである。
ついに彼らは、自分たちを批判する坂本弁護士一家を殺害した。
僕はこの事件の後、教団の道場で麻原元代表にインタビューをした。「あなたは神通力があるらしいね」と聞いたら、麻原元代表は「ある」と答えた。それから道場に空中浮遊をしている写真が飾ってあるのを見て「今、この場でやってみせろ。この場でできなければ、インチキではないか」と迫った。麻原元代表は困り、「ここではできない」と言った。この時、周囲の信者たちは、僕に襲いかかろうとした。
次に、「あなた方が坂本弁護士一家を殺したとは言わない。ただ、もし、あなたに本当に神通力があるのなら、坂本弁護士一家の遺体がどこに埋まっているか分かるだろう。言ってみろ」と僕は麻原元代表に言った。言えないなら、神通力などないはずだと。
その後、僕は信者たちに20分以上もの間、責められた。一方で、麻原元代表は僕の質問に答えられず、困り果てていた。
二度目に麻原元代表と会ったのは、僕が司会を務める「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日)の出演時だ。宗教問題をテーマに、オウム真理教サイドは麻原麻原元代表ほか幹部らが顔を揃えた。
この時、麻原元代表が「神の言葉が聞こえる」と言うので、僕は「神は何語で話すのか」と尋ねた。彼は、やはり答えられなかった。さらに僕は、「あなたの奥さんは、非常に贅沢な暮らしをしているようだが、神様はそのように言っているのか」、「あなたは、人間は生まれ変わると言うが、僕の前世は何だ」など、様々な質問を投げかけた。いずれも答えられないか、理解不能な回答だった。
さらに、「ポア」について、「教団では悪い人間は殺せば成仏できるから殺すことは悪ではない、と教えているようだが、それはおかしいじゃないか」と言ったら、麻原氏は帰ろうとしたので、「戦線離脱して、逃亡するのか!」と僕は声を荒げた。彼は席に戻り、そこから再び論争になった。ここで僕は、意外と気の小さい男だなと感じた。
先日亡くなった西部邁氏もこの番組に出演していたが、「オウムは真剣だ。だから怖い」と懸念していたのが印象的だ。
真相を究明してほしかった
その後、1995年3月20日に地下鉄サリン事件が起こった。なぜ、教団はこんなことをやったのか。
僕はこの事件の後、幹部たちに話を聞くと、次のような話が出てきた。
オウム真理教は1989年11月に坂本堤弁護士一家を殺害した。松本サリン事件でも、8人の死者が出た。ところが、警察はほとんど動かなかったのである。
当時の警察は、宗教集団への捜査を非常に警戒していた。ところが、その後、公証人役場事務長逮捕監禁致死事件で、当時目黒公証役場事務長だった男性を殺害したところで潮目が変わる。ここで、ようやく警察が動きはじめたのである。
教団内部には、信者として警察関係者がいた。教団に強制捜査が入るらしい──この情報を得た麻原元代表は、強制捜査をかく乱するために何をすべきかを画策し始めた。
ただ、同年には阪神淡路大震災が発生し、警察内部では混乱が生じていた。そこで教団は、「パニックを起こせば、警察はそれにかまけて強制捜査をやらないのではないか」と考えたのである。
パニックを起こそう、という言い出したのは、どうやら村井元幹部だったようだ。麻原元代表もそれに同意し、地下鉄サリン事件を実行することになったという。
教祖の命令は、絶対である。幹部たちは、それに従った。要するに、地下鉄サリン事件の本当の目的は、警察の攪乱だったのである。極めてバカバカしい話だ。
信者たちは皆、麻原元代表に気に入られようとして、どんどん過激な発言をするようになっていったようだ。
逮捕後の麻原元代表は、まともに会話ができなくなるほどの混迷状態に陥り、裁判ができなかった。拘留中、彼は家族が訪れても、会わなかった。警察がどれだけ事情聴取をしても、真相は明らかにならなかった。
一部では「麻原元代表は死刑を免れるため、演技をしていたのではないか」との見方もあったが、長い間そのような演技を続けられるほど、気の強い男ではないと思う。僕の質問にすら、まともに答えられなかったのだから。
一連の事件について今思うのはやはり、真相究明をしてほしかったということだ。僕にはその思いが強い。
オウム関連の事件は社会にさまざまな影響を与えた(写真:Gamma Rapho/アフロ)
なぜ、多くの高学歴者がオウム真理教に入信し、麻原元代表に従い、事件を起こしたのか。ここは、まだ謎が解けていない。犯行の過程で「間違っている」と気付き、脱退する人がいてもいいはずだ。しかし、そういう人はいなかった。
社会に与えた影響が二つある
オウム関連の事件を経て、世の中が大きく変わったところがある。一つは、こういった事件が起こったことで、警察が宗教集団への「遠慮」をなくしたことだろう。
二つ目は、「宗教集団には怖い面がある」というイメージを社会に植え付けたことだ。元々、日本人の多くは、宗教というものに対して、「怖い」と感じることはあまりなかった。それが変わったところがある。
オウム真理教には、まだ1400人もの信者がいるという。警察は相当監視を強めている。僕自身も彼らの今後の動向が気になる。
田原総一朗、猪瀬直樹著
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