米トランプ政権の貿易をめぐる「米国第一主義」の行方に注目が集まる(写真:ロイター/アフロ)
米中の貿易をめぐる緊張が高まっている。
きっかけをつくったのは、米国だ。ドナルド・トランプ米大統領が「米国第一主義」を掲げ、貿易において他国からの輸入に対し高い関税をかけるといった強硬な姿勢を示し始めたのである。
トランプ政権は3月23日、中国に対し「安全保障の脅威」を理由に、鉄鋼の輸入に25%、アルミニウムに10%という追加関税をかける措置をとった。
これに対し中国は4月2日に米国産の豚肉やワイン、アルミニウムなどの輸入品128品目に総額30億ドル(約3100億円)の報復関税をかけた。
するとトランプ氏は、「米国企業に対する知的財産権の侵害」という理由で、中国からの輸入品に対し総額500億ドル(約5兆5000億円)もの高額関税措置をとると言い出した。これを、7月6日に発動するという。
中国も米国と同規模の報復関税をかけると宣言している。それに激怒したトランプ氏は、さらに2000億ドル(約22兆円)相当の中国からの輸入品に対し追加関税を課すと言い出した。
トランプ氏の高関税措置が現実となれば、米中貿易戦争となり、当然のことながら、世界経済に大きな影響が及ぶ。
2017年の米国の貿易赤字は約8000億ドル(約87兆円)であり、そのうち対中赤字は約3800億ドル(約41兆円)とおよそ半分を占める。トランプ氏としては、何としてでも中国に関税をかけたいと考えているのである。
先にも述べたように、トランプ氏は中国に対する高関税について「安全保障上の脅威」が理由だとしている。なぜ中国が「安全保障上の脅威」なのか。僕はこの意味が理解し難く、様々な専門家に説明を求めたが、誰に聞いても意味はよく分からなかった。つまり「トランプ流の言い回しだろう」ということだ。
もう一つ、挙げているのが「知的財産権の侵害」。米国企業が中国に進出すると、様々な技術が中国に盗まれてしまうという。今年3月、米国は世界貿易機関(WTO)に提訴したが、これに対し中国側は、そんな事実はないと反論している。
様々な問題はあるものの、一つだけ明確なのは、トランプ氏の一連の措置は11月に控える中間選挙で勝つためであるということだ。
G7でようやくまとまった合意文書を全否定
6月12日の米朝首脳会談の直前、6月8日から9日にカナダで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開催された。ここでは貿易問題を中心に議論され、安倍晋三首相はEU側と米国側との仲介にあたったとされている。
最終的に、「自由、公平で相互利益になる貿易と投資は成長と雇用創出の主要原動力」と確認した上で、「関税障壁、非関税障壁の削減に向けて努力する」と宣言した。これはどちらかというとEU側の主張が認められた形だった。トランプ氏も承諾。その直後、米朝首脳会談のため中座してシンガポールへ発った。
ところがシンガポールへ向かう機内で、トランプ氏は自身のツイッターで「自動車関税を検討するので、首脳宣言を承認しないよう政府担当者に指示した」と発言した。
ツイッターでの表明は、日本では過小評価されがちだが、トランプ氏はツイッターを中心に自身の考えを述べている。例えば、ティラーソン元国務長官の解雇も、ツイッターで表明した。
こうしてトランプ氏は、G7でようやくまとまった合意文書を全否定したのである。
日本はどうするのか。EU側は、米国がとった鉄鋼やアルミニウムの追加関税に対し、世界貿易機関(WTO)に提訴している。一方、日本は対応に困り未だに態度を明らかにしていない。EUと違って、日本は米国との関係が非常に強固であり、米国を頼りにしている面が強いからである。
さらに、ここには北朝鮮に対する拉致問題も複雑にからむ。日本はEUの「反トランプ」の姿勢に全面賛成の立場をとることは難しい。
米国はイラン核合意を破棄したうえに…
EUが報復関税の対象として、米国からの二輪車の輸入に高い関税をかけると表明した。すると、米大手二輪メーカーのハーレー・ダビッドソンは「工場を米国以外に置く」と言い出した。トランプ氏は激怒したものの、この問題では米GMまでもが、トランプ氏に反対の意向を示し始めたのである。
さらにトランプ氏は今度は輸入する自動車に対しても関税をかけると言い出した。日本の対米輸出の3割は自動車である。もし、ここに高い追加関税をかけられたら、日本の自動車業界は大ダメージを避けられない。
僕は、官邸筋に「自動車への追加関税に対してはどう臨むのか」と聞いた。すると「EUがWTOに米国を提訴するという主張には日本は参加できない。しかし、自動車の関税については、米国にNOと言うしかない」と話していた。
問題は、どのように伝えればいいのか、だ。ここで、安倍首相が非常に困っているという。仮にNOと言ってしまえば、拉致問題にも影響しかねないだろう。
問題はこれだけではない。世界の国々はイランの核合意に賛成しているが、米国は破棄したうえで「イランから原油を輸入するな」と日本や中国、EUに要求している。
日本のイランからの石油輸入量は、全体の5.5%。数字だけを見れば大きな比率ではないが、それ以上に、日本はイランと昔から友好関係を築いている。
しかも日本は、イランから原油を輸入しているだけではない。多数の日本企業が、イランに投資をしている。米国は今、その投資すらもやめろと要求しているが、経済産業省は、「いくら米国からやめろと言われても、やめるわけにはいかない」と言っている。
自動車への追加関税の問題にイランの原油輸入禁止の問題も重なり、日本政府は困り切っている。
中間選挙までは、トランプ氏の強硬姿勢が続く
トランプ氏の「米国第一主義」に対して特に貿易問題では米国内からも批判の声が上がり始めている。
米国が高い輸入関税をかければ、輸入品の価格が上昇し、結局は米国の消費者の負担が増える。
さらに米国は農産物の輸出大国でもある。各国は報復措置として「米国の農産物の輸入に高い関税をかける」と言い出しており、これが実施されると米国の農業は今後、大きなダメージを受けることが予想される。
先日、農林水産省の幹部から「米国の農業団体が今、『米国は貿易の自由化を守るべきだ』というテレビCMを制作している」という話を聞いた。今のところ、米国内でのトランプ氏の支持率は下がらないが、反トランプの動きも増えつつある。
ただ、トランプ氏が中間選挙を見据えている以上、今秋まではこの路線を貫くのではないかと思う。米国の経済人たちは、「トランプ氏の強硬的な保護主義政策が米国にとってマイナスになるのではないか」と見ているが、中間選挙までは強い抵抗感を示さない可能性が高い。
自民党の総裁選への影響は
こういう大問題について、日本の政治家たちからは何の意見も出てこない。野党からは、全く反論がないし、自民党の議員たちも、結局は政府に任せっぱなしである。だから、森友・加計問題のような不祥事が起こっても、安倍内閣の支持率が落ちないどころか上がるのである。
この点は、マスメディアもほとんど指摘していない。一部が問題提起をしているが、それもどこか及び腰である。
9月に控える自民党の総裁選には、石破茂氏、岸田文雄氏、野田聖子氏が出馬する可能性のある。しかし、貿易問題や外交問題について、岸田氏はほとんど安倍首相と同調しているし、石破氏の意見はリアリティーがない。貿易戦争が本格化しても、このまま安倍首相有利の構図が続くのではないか。
まずは米中貿易戦争の行方とともに、安倍政権がどのような方針を打ち出すのか、見守りたい。
田原総一朗、猪瀬直樹著
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