駆け引きを始めた北朝鮮

 その一方で、拉致問題の解決はやはり難しいのではないか、との見方もある。それはなぜか。

 2002年に小泉純一郎首相(当時)が平壌を訪問し、金正日氏と会談した時、北朝鮮側は拉致問題について全面謝罪をした。この時は、ブッシュ大統領(当時)は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んでいたほど、米朝関係が最悪だった。だから北朝鮮としては、日本に「期待」していたのである。

 ところが、今はどうだろうか。米朝首脳会談によって、2国が対話できる関係になった。となると、北朝鮮は、日本に対してかつてほど期待していない可能性がある。そして、実際このような見方も少なくないのだ。

 僕の見方は少し違う。北朝鮮は、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」、いわゆるCVIDを行う、と言っている。共同声明にCVIDは盛り込まれなかったが、「朝鮮半島の完全な非核化」は明記された。

 非核化するということは、北朝鮮は世界からそれに見合う支援を求めているということである。それは主に経済協力だ。北朝鮮は豊かではなく、それどころか相当追い込まれている。そういった背景も、米朝首脳会談に踏み切った一因にもなっている。

 北朝鮮が経済を立て直すには、相当な規模の経済支援が必要だ。ところがトランプ大統領は、北朝鮮への経済支援を渋っている。すると中国、韓国、日本が中心となることが予想される。特に、日本の負担が相当大きくなるのではないか、との見方が強い。

 そのとき、日本側は「拉致問題が決着しない限り、経済支援はしない」と主張するだろう。となると、拉致問題はやはり、北朝鮮にとって大きな問題になるのである。

 ここからが少しわかりにくいのだが――情報筋によると米朝首脳会談の後、北朝鮮側は再び「拉致問題は解決済みだ」と言っているようなのだ。

 米朝首脳会談で金正恩氏が示した前向きな姿勢と矛盾するが、実はよく考えればこれは北朝鮮が駆け引きを始めた、と解釈できる。北朝鮮は、拉致問題を日本にできる限り「高く売りつけたい」のだ。

安倍首相は、拉致問題を秋の総裁選の「切り札」に

米朝首脳会談については、日米で「北朝鮮側に有利に進んだのではないか。トランプ大統領は妥協しすぎではないか」との批判も強まっている。

 本コラムで述べてきたが、トランプ大統領が米朝首脳会談を行った目的は、11月に控える中間選挙で勝つためである。今のところ、上院では共和党が勝つだろうが、下院は相当危ないといわれている。

 ここで負けると、トランプ大統領はロシアゲート事件で弾劾されるおそれがある。絶対に負けるわけにはいかないのだ。

 トランプ大統領は、北朝鮮の非核化を中間選挙の切り札にしたいと考えている。となると、9月、遅くとも10月には、2度目の米朝首脳会談が行われるのではないかとみられている。

 安倍首相と金正恩氏の日朝首脳会談の実現については、9月中下旬に行われる国連総会が一つの選択肢となっていると報じられた。そしてこれは2度目の米朝首脳会談の時期と重なる。

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