こんな話もある。中国の宝山に初めて「宝山製鉄所」ができた時、日本の製鉄大手の新日本製鉄が全面協力した。当時、新日鉄の職員が最も苦慮したことは、中国の経営者をはじめ従業員に、お客さんに対するサービス精神を認識させることだったという。中国には、サービス精神が全くなかった。すべて配給で済むから、企業は客にサービスをする必要がないのだ。

 サービスしようという気持ちがないということは、生産性を上げて値段を下げようとか、いいものを作ろうという意識が全くないということだ。

 もう1つ、興味深い話がある。ソ連のゴルバチョフ大統領が、ペレストロイカを進めなければならないと言い出した時、僕はソ連に何度も取材に行った。ソ連の人民農場(コルホーズ)を訪れた時、穀物の運搬はトラックではなく、すべてトロッコが使われていた。「なぜこのような効率の悪いことをするのか」と聞くと、ソ連には大きなトラックしかなく、狭い道は入れないのだという。

 僕は、「なぜソ連には大きなトラックしかないのか」と聞くためにトラック会社に取材に行くと、驚くべきことが分かった。共産主義だから、サービス精神がない。ただノルマだけがある、と。ソ連のトラック会社は、「鉄をどれだけ使うか」というノルマがあった。小さいトラックを作ったのでは、ノルマは達成できない。だから、できるだけ大型のトラックを作った。大型のトラックがいかに不便かということは、どうでもいいのだ。

 ただノルマをこなすだけだったからこそ、成長がなかったのだ。

 日本が高度成長を遂げられたのは、チャレンジや競争の精神があったからだ。ところが、最近の大企業の経営者たちはチャレンジを恐れ、総じて守りの経営をしている。このような経営の下で、従業員は自ら考え、新たなモノづくりに燃えることができるだろうか。どちらかと言えば、ただノルマをこなして働いていたソ連の人々と重なって見えてしまう。

 求められるのは、自らを守るための改善よりも、市場で競争できる強みを磨く改革だ。土光イズムを今一度、取り戻してほしい。