従来は、原発1基の建設につき約3000億円かかると言われていたが、福島原発事故を境に1兆円まで上がったという。

 東芝にとっては、ウエスチングハウスの買収だけでも高い買い物だったわけだが、原発の建設費用までもが上がってしまい、ダブルパンチを受けたということだ。

 そこで、ウエスチングハウスとS&Wのどちらが、膨らんでしまった建設費用を負担するかという訴訟事件が起こった。東芝は工期の遅れを恐れ、ウエスチングハウスとS&Wの対立を収束させるためにS&Wまで買収した。丸ごと東芝が負担を引き受ける形にしたのだった。

 これが完全に裏目に出た。2015年に粉飾決算が明るみに出て、さぁ再建だという時に、S&Wの買収に関連する損失が数千億円にも上ることが判明したのだった。

土光さんは好奇心旺盛で、チャレンジ精神の塊のような人物だった

 なぜ、東芝は隠ぺい体質に染まってしまったのか。原因は「経営」にあると思う。東芝の経営は昔からダメだったのかというと、そうではない。東芝の社長・会長を歴任した土光敏夫さんは敏腕な経営者だった。経営危機だったIHIの立て直しに成功。その後、東芝に経営危機が訪れた1965年に社長として就任して立て直した実績を持つ。

 僕は、彼に何度も会ったことがある。彼は素晴らしい経営者だった。昔、僕は文藝春秋に「最先端の脳の研究と人工知能(AI)」の話を寄稿したことがある。脳にある神経細胞は、何億個も存在する。ずっと解明されなかった脳の内部が徐々に研究されてきて分かり始め、それがAIの開発に繋がるという話だ。それを読んだ土光さんが、「とても面白い」と直接、感想を述べてくれた。僕の書いたものを評価してくれたから素晴らしいというつもりはない。僕が感動したのは、企業のトップから外れた後にも、新しい技術や研究に対して常に耳を傾け、吸収したいと考えているその姿勢だ。実に好奇心旺盛な人物だった。

 土光さんは中曽根康弘首相に「国鉄や電電公社などの公社公団はダメだ」と進言した人物でもある。なぜ、彼は構造改革を打ち出そうとしたかというと、チャレンジ精神こそが成長に必要なものだと分かっていたからだ。

 例えば、かつて国鉄は「生産性向上」を目標に掲げたが、組合がストライキを起こしてしまった。なぜ、労働者たちが生産性向上に反対したかというと、生産性を高めても国鉄の職員の給料は上がらないし、ボーナスも増えなかったからだ。会社の業績が上がっても、彼らにメリットはない。だから、職員にやる気がないのだ。

 この調子では、いつまでたっても生産性やサービスの向上にはつながらない。市場競争力のなさを憂い、民営化を強く推し進めたのだ。