「朝日新聞叩き」が一部で盛んだ……

 ここ最近、一部の雑誌の「朝日新聞叩き」が目立つ。中には巻頭で大特集を組んでいるところもある。例えば、こんな見出しだ。

 『月刊Hanada』では「総力大特集 赤っ恥、朝日新聞!」(2018年4月号)、「総力大特集 朝日新聞の提訴と断固、戦います!」(2018年3月号)、「総力大特集 朝日虚報と全面対決!」(2018年2月号)。

 『月刊WiLL』では「やはり逃げたか、朝日論説主幹」(2018年4月号)、「朝日はなぜ虚に吠えたのか」(2018年3月号)、「朝日新聞と言論犯罪」(2018年2月号別冊)。

 『月刊正論』では、「朝日新聞よ、父がウソをついたというのか!」(2018年4月号)、「冬の特大号 暗黒・韓国を生んだ朝日の罪と罰」(2018年3月号)。

 もちろん言論は自由だから、朝日叩きをやるのもいいが、毎月のようにこういった主張が並ぶところを見ると、少々過熱しているのではないかと感じる。おそらく、朝日叩きをやると売り上げが伸びるのだろう。

 こうした雑誌が朝日叩きの勢いを強めたのは、森友・加計問題、あるいは共謀罪の問題などで、安倍内閣の支持率が落ちてきた辺りからだった。安倍政権を支持する人たちは、危機感を持ったのかもしれない。

 僕は、マスメディアというものは、基本的には国家権力に対する監視役だと考えている。国家が誤った判断をしたり、行き過ぎたことをしたりした場合、批判をして社会に問いかけるのである。

 そういう意味では、朝日新聞や毎日新聞が、国家権力、つまり安倍政権を厳しく監視し、行き過ぎや誤りを批判するのは、ごく当たり前のことである。本来のジャーナリズムの在るべき姿だ。

自民党の歴代首相は、自衛隊と憲法の矛盾をあえて受け入れていた

 では、「朝日叩き」がなぜ売れるようになったのか。

 僕は、ここに時代の大きな流れを感じる。一つの焦点は、安全保障に対する考え方だろう。以前、本コラム「安倍首相は憲法改正で名を残したいだけだ」でも述べたが、宮沢喜一元首相が僕にこんなことを言ったことがある。

 「日本人は、自分の体に合った洋服を作るのは下手だ。しかし、押し付けられた洋服に体を合わせるのはうまい」。