写真:Mario Tama/Getty Images
安倍晋三首相は2月10日(米国時間)に訪米し、ドナルド・トランプ米大統領と初の首脳会談を行った。トランプ氏は安倍首相夫妻を別荘に招き、トップ2人でフロリダにおいて5時間にわたるゴルフを楽しみ、両者の蜜月ぶりをアピールした。この会談について日本の新聞やテレビは、おおむね高く評価している。
だが、僕は今回の安倍・トランプ会談については評価していない。成果はあまりなかったと思う。ただお互いに意気投合しただけで、大事な問題には対峙せず、すべて先延ばしにしたからだ。
事前に懸念されていた両国間の問題について、深く話さなかった。トランプ大統領が繰り返し強調していた自動車の問題もそうだ。アメリカの対日貿易赤字の8割が自動車だという。トランプ大統領は、「日本は自動車をアメリカにどんどん輸出しているが、アメリカの自動車は日本に輸出しにくいのは不公平だ。『貿易の壁』がある」と強く主張していた。ところが、会談でアメリカがそれを強く要求をしてこなかった。
トランプ大統領は「中国や日本は為替操作をしていて自国通貨を安く誘導している」と批判していたが、これについての具体的な議論もなかった。
あるいは、2国間の自由貿易協定(FTA)についても、深く話し合わなかった。アメリカは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加を拒否し、これから日本に対して二国間協議に持ち込もうとしているのではないかと言われている。
会談の前には、畜産や農業などの分野でアメリカから要求があるのではと思われていた。特に牛肉だ。オーストラリアから日本に入ってくる牛肉は、アメリカから入ってくる場合よりも関税が安い。オーストラリア産の牛肉がどんどん日本に入ってくる一方で、アメリカからの輸入量は減少している。トランプ大統領は、これについても非常に大きな不満を持っている。その他、コメや乳製品なども同様だ。
こういう経済問題がたくさんあるにも関わらず、日米首脳会談では何も出なかった。結局は、日米の間にある深刻な問題を先送りしただけだ。
今回の首脳会談を成功だとする意見の中には、アメリカから厳しい要求がなかった点を評価するものがある。ホッと胸をなでおろした政府関係者もいた。だが、今の時点で蜜月をアピールしても、問題が消えることはない。為替問題や貿易問題は近い将来、必ず噴出するのだから。
「マスメディア嫌い」が安倍首相とトランプ大統領を結びつけた
安倍首相とトランプ大統領の対話の中で、興味深い話がある。2月11日付の産経新聞で、「安倍晋三首相『私は朝日新聞に勝った』 トランプ大統領『俺も勝った!』」という見出しの記事を報じている。以下がその記事の引用だ。
「昨年11月の米ニューヨークのトランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談議をした後、安倍はこう切り出した。
『実はあなたと私には共通点がある』
怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
『あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…』
これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。
『俺も勝った!』
トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。トランプタワーでの初会談は90分間に及んだ。
産経新聞によれば、昨年11月のこの対話が安倍首相とトランプ大統領を結びつけたのではないかということだ。
これに対し、朝日新聞が反応した。10日の安倍・トランプ会談について、朝日新聞は12日付朝刊の社説「日米首脳会談 『蜜月』演出が覆う危うさ」の中で、安倍首相を強く批判した。
「両首脳が個人的な信頼関係をうたい、両国の「蜜月」を演出しても、それが国際社会の秩序の維持につながらなければ、意味は乏しい。」
どういうことか。トランプ大統領は、大統領令でイランやイラクなどイスラム圏7カ国からの入国を禁じた。
イギリスのメイ首相を含めたヨーロッパ各国のリーダーたちは、すべてこれを「とんでもないことだ」と批判した。アメリカの地方裁判所や控訴裁判所までもが、「これは違憲である」として大統領令の差し止めを求めた。
その中で安倍首相だけは、「自分はコメントする立場にない」として一切批判をしていなかった。朝日新聞は、そのことを批判したわけだ。安倍首相は、「日米蜜月」を演出するのではなく、世界の問題に背きつつあるトランプ大統領を説得する役割があるのではないか、と朝日新聞は主張したのである。
リベラル勢力が抱える「弱み」
確かに安倍首相はトランプ大統領の批判をしていない。じゃあ、どうすればよかったのか。その点については、朝日新聞も毎日新聞も書いていない。日本は安全保障の面でアメリカに大きく依存している。その日本がアメリカを根本から批判することは難しい。
例えば民進党政権であれば、トランプ大統領を批判できただろうか。おそらくできないだろう。民主党政権時代、鳩山首相は沖縄の普天間基地の移設先について、自民党が決めた辺野古を撤回し、「最低でも県外」と言った。ところが、最終的にはアメリカの主張通り辺野古へ移設しようとしている。
朝日新聞や毎日新聞には、そこに触れないという「弱み」があるのだろう。リベラル勢力は、「日本は日本だけで守る。アメリカは出て行け」とは言えない。この点を論じるのはタブーになっている。だから安倍首相は、「私は朝日新聞に勝った」と言ったのだ。
朝日新聞に勝ったということは、ある意味では、野党に勝ったとも言える。もっと言えば、日本のリベラル系の勢力に勝ったということだ。
トランプ大統領も、ニューヨーク・タイムズ紙に勝った。これも、同紙に代表されるアメリカのリベラル系マスメディアに勝ったということなのだ。そういう意味では、安倍首相とトランプ大統領は非常によく似たキャラクターの持ち主だと言える。
安全保障は国連を中心とすべき
日本は安全保障についてどう考えていくべきか。ここを本気で論じることが日本ではタブーになっていること自体が問題だ。
僕は、日本の安全保障については国連を重視して足並みを揃えていくべきだと思う。
戦後長い間、国連の集団安全保障は機能していなかった。なぜかといえば、米ソの冷戦があったからだ。アメリカがやろうとすることはソ連が反対し、ソ連がやろうとすればアメリカが反対するなどして、安全保障理事会が機能していなかった。
初めて集団安全保障が機能したのは1990年、イラクがクウェートに進入して湾岸戦争が始まった時だ。ここでようやく国連安保理の決議が成立した。この時が、冷戦終結の象徴と言われている。
僕は、日本は安全保障について国内で本気で議論し、国連の集団安全保障にどういう形で参加すべきかを考えるべきだと思う。
ところが、トランプ大統領は「力による平和」を主張していて、アメリカの傘の下にいる日本は「国連中心にする」とは言いにくい。そこをメディアが厳しく追及すべきなのだが、権力をチェックすべき存在のメディアが、日本では機能不全に陥っている。そこに大きな問題がある。アメリカではニューヨーク・タイムズが名指しでトランプ大統領から批判を受けながらも、それに対抗すべく奮闘している。安倍首相の「勝利宣言」に対して、リベラル系メディアはどう動くのか。今後も注目していきたい。
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