日本企業は「二番手ランナー」では生き残れない
米国より大きく出遅れた日本の経営者たちに勝機はあるか
今までの日本企業は、世界経済の「二番手ランナー」として非常にうまく立ち回っていた。松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助さんが、生前僕に、よく言っていた言葉がある。
「松下は、東京にいくつもの素晴らしい“研究所”がある。そこで開発された製品を大量生産し、全国隅々まで築いた販売網を使って売ったことで、大きく成長した」
松下電器はかつて、他社が開発した製品を真似して類似製品を作り、その強固な販売網を生かして売るという戦略で成長してきた側面がある。ライバルが新しい製品を作っても、すぐに真似をしてシェアを奪ってしまうから、「マネシタ」と揶揄する声もあった。
関西を地盤とする松下電器が、東京にいくつも研究所を持っていたわけではない。幸之助さんの言葉は、東京を地盤とするライバル企業(ソニー、東芝、日立製作所、オリンパスなど)がどんな新商品を開発したとしても、自分たちの工場で大量生産して、「ナショナルショップ」という強力な販売網で売れば勝てる、という意味だったと僕は解釈している。
つまり、かつての松下電器は家電メーカーの二番手ランナーとしてやってきたというわけだ。
これはパナソニックだけの話ではない。ソニーの創業者の一人である盛田昭夫氏は、「ソニーはマーケットにないものをつくる」と言っていたが、実際のところは、すべてがその通りとは言い難い。
ソニーが開発し、世界中で爆発的に売れたトランジスタラジオに用いられた「トランジスタ」は、1948年に米国の物理学者たちが発明したものである。彼らは56年にノーベル物理学賞を受賞したが、当時はトランジスタをどのように製品に応用すればいいか分かっていなかったという。
ソニーは、そのトランジスタを使ってラジオを開発し、世界的な大ヒット商品を作り上げた。つまり、米国が開発したものを掘り下げて、製品として開発する能力に長けていたということだ。
自動車も同様である。米国のフォード・モーターの創業者ヘンリー・フォード氏は、安価な自動車を開発して自動車を広く普及させた。当時の日本の自動車メーカーは米国から遅れをとっていたが、今やトヨタや日産のグループは、米国勢を凌ぐ存在となっている。
日本は見通しが甘かった
このように日本のメーカーは、常に「二番手ランナー」としてうまくやってきた。なぜ二番手かといえば、そこには明治時代以来の経緯があるからだと思う。
明治の時代が始まった1868年、すでに欧米では産業革命が起こっていて、機械化がどんどん進んでいた。完全に出遅れてしまった日本は、欧米の機械化にいかに適応し、取り入れていくかということが最大の課題だった。
結局、日本は二番手ランナーとして発展していったわけだが、これからは二番手では通用しない。AI(人工知能)の時代になれば、トップランナーたちが多くの利益を占有するからだ。
今、AIビジネスの最前線にいるのは、グーグル、アップル、アマゾンなど、米国の企業ばかりである。AIに詳しい松尾豊氏(東京大学大学院特任准教授)によれば、「AIにおいて、日本は米国より3周遅れている」ということだ。
では、どうすれば日本がトップランナーになれるのか。ここが最大の問題である。
先日、トヨタ自動車がシリコンバレーに置くメイン研究所のトップに取材をしたところ、興味深い話を聞くことができた。これまでトヨタは、フォードの開発した自動車を進化させることに注力してきたが、今はだいぶ風向きが変わってきたという。
2015年12月12日、温室効果ガス削減に関する国際的なルールを定めた「パリ協定」が採択された。これによって、CO2を出すエネルギーはできるだけ止めるという風潮が強まり、自動車業界はCO2を排出するガソリン車やディーゼル車から、電気自動車(EV)やハイブリッド車へ軸足を移していったのである。
早くも中国や欧州各国は、ガソリン車やディーゼル車の販売を徐々に廃止し、EVへシフトしていくことを表明している。
「こんなに早くEV化が進むとは思わなかった」と彼は言った。トヨタも大急ぎでEV開発を進めなければならない。
17年11月、トヨタは大規模な人事異動を行った。目的の一つは、EVの開発体制を整えること。もう一つは、長期的な戦略を打ち出すことである。
今月12日、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)が自動運転車の走行許可を米運輸省に申請したという発表があった。19年には実用化をする計画だという。
これについてトヨタの研究所のトップは、「自動運転車が本格的に普及するのは、10年くらい先だと思っていた」と話していた。
自動運転車が実用化し、カーシェアリングが普及すれば、自動車の所有者は今より格段に減るだろう。当然、自動車の販売台数も減少する。「15年先には、トヨタは自動車メーカーではなくなるだろう」と彼は語っていた。
「新しいものが理解できない」では生き残れない
パナソニックも大きな岐路に差し掛かっている。先日、僕はパナソニックの馬場渉氏を取材した。彼は縦割り構造を打ち壊し、新規事業を創出する新しい組織の幹部に就いた人物である。就任会見では、縦割り構造の改革を「『タテパナ』から『ヨコパナ』にする」というユニークな表現をした。
取材の中で彼は「パナソニックは、もはや総合家電メーカーとしてはやっていけないだろう」と言った。日本は米国と同様に人件費が高いから、総合家電メーカーでは韓国や中国に負けてしまう。そこからどう脱皮するか。
パナソニックでは今、「HomeX(ホームエックス)」という新しい住空間をつくるプロジェクトを進めているという。従来は、居住者が自分で家電を設定し、リモコンで操作し、快適な状況をつくるように、居住者が住居や家電に合わせてきた。
一方「ホームエックス」は、住宅や家電が住居者に合わせるという仕組みである。例えば居住者が帰宅する前に、エアコンや床暖房、住宅が連携して自動的に快適な空間を作りだしておく。
この「ホームエックス」のプロジェクトが昨年4月に打ち出された時、社内の中堅幹部たちの8割はその意味が理解できなかったという。しかし、馬場氏は「これを理解できなければ未来はない」と説得して、今プロジェクトを進めている。
もう一つ、大転換期を迎えているのは金融業界だ。以前の記事「構造不況業種となった銀行に活路はあるか」でも触れたが、昨年10月からメガバンクが大規模なリストラを発表している。
日銀のマイナス金利政策の影響で、金融機関は利益が出しにくくなった。さらには国内市場の縮小により各企業が積極的に設備投資をしようとせず、資金需要が伸びにくい。こういった理由で金融機関の収益が悪化していく中、メガバンクはデジタル化によって業務効率の改善をしようと舵を切ったのである。
僕が三井住友銀行のトップに取材したところ、「これからの銀行は、総合サービス産業になる」と話していた。コンサルタントのように新しいビジネスを提案して、それに必要な融資をするビジネスプロデュース業をやるということだ。
どの経営者たちも「想像以上に世の中の変化のスピードが速い」と口を揃える。トヨタの豊田章男社長は、大規模人事異動の発表時に「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」と話していたが、家電メーカーも自動車メーカーも銀行も、まさに今、生き残りを賭けた改革に着手しているのである。
日本企業に勝機はあるのか
トップランナーになるためにはどうすればいいのか。勝機がないわけではない。これについて、トヨタの研究所トップは次のように話した。
「世界の時価総額トップを占めているアップル、アルファベット(グーグルの持ち株会社)、マイクロソフト、アマゾンなどの米国企業が持っているのは、ほとんどがソフトウエアだ。しかし、トヨタはソフトのみならずハードもある。両面の強さがあれば、彼らを抜くことは不可能ではないだろう」
彼はこう続けた。「抽象論になるが、ソフトの発想でハードを進化させるということだ。米国企業は、ソフトの発想でソフトを進化させているだけだが、当社にはハードがある。ソフトの発想でハードを進化させれば、勝機はある」。
トヨタは自社の自動車が走行する距離が世界で最も長いことから、ディープラーニング(深層学習)につながる技術の開発において非常に有利だと言える。
すでにグーグルもアマゾンも、ハード開発に着手している。ここで日本企業が遅れをとってしまっては、彼らに追いつくことはできない。自社の強みを見極め、いち早く生かせるように柔軟な組織体制を作ることが肝要だ。
「二番手」には甘んじていられなくなった時代に、どのようにして生き抜いていくのか。どの業界も正念場を迎えている。
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