右向きの鯛の器。明治期の思いが今に伝わる

 経営者によると、この型が作られたのは明治維新の混乱期。作ったのは時代を憂いた当時の職人で、「これからの世の中が右肩あがりになりますように」という思いを込め、本来左向きの魚の器をあえて右向きに作った、という話が型とともに150年近くずっと伝えられてきました。型は9㎝から66㎝まで3㎝刻みに16種類あり、どれもが何代にもわたって大切に扱われてきました。

 このエピソードを経営者はとてもうれしそうに話してくれました。この窯元で仕事をスタートしてから数カ月が過ぎていましたが、こんなに嬉しそうに話す姿を見たのは初めてでした。その様子から、私は「有田には、ものづくりが人を幸せにするととらえる土壌がある」と気づきました。そしてこれがコンセプトづくりの突破口につながりました。

少し離れた山間部では、レンガ造りの煙突がニョキニョキ見える

 有田を歩けば、そこには焼き物の町らしい風情があふれています。目抜き通りには、器商社のどっしりとした蔵造りの家が並び、裏通りをのぞくと、かつて山盛りに皿を積んだ台車が走ったという細い路地がめぐらされています。

 中心部から少し離れた山間部に行くと、燃料に使われる赤松の山を背景に窯元の工場が集落をつくり、レンガ造りの煙突がニョキニョキと見えます。この産地の空気や風土のなかで培われてきた考え方にこそ、コンセプトのヒントがあると思いました。

 私は経営者とここ数カ月話してきたことを一つずつ思い出していました。そして「人を幸せにする焼き物を作りたい」と話していた場面が頭をよぎりました。

経営者の言葉と歩んだ道のりが重なる

 その言葉を聞いたときには、正直言ってピンときませんでしたが――右向きの鯛の器のエピソードを通して、この経営者の考え方と、老舗の窯元として歩んできた道のりが確かに重なり合っていることに気づきました。そして、この点にこそ、この窯元がこれから進むべき道があるのではないかという考えに至りました。

 右向きの鯛をきっかけに次第に打ち解けたこともあり、デザイナーも交えた商品開発会議がスタートしました。テーマは「人が幸せを感じるとはどういう時か」。そこでのキーワードを製品作りに結びつけようという発想です。

 経営者にとっても、この方向性は考えやすかったのではないかと思います。代々大切にしてきた考え方をベースに「見つめ直す」によって、自分で考えるきっかけができたからです。コンセプトづくりを「外から言われたから無理に導入して変える」方法ではきっとうまくいかなかったでしょう。