「ウチには何もない」

 コンセプトとはわかりやすくいえば、商品や企画の全体を貫く思想のこと。個人はともかく、会社などの組織が一体となって前進するためにはわかりやすく、シンプルなコンセプトを立てるというのが私のこれまでのやり方です。

 コンセプトを立てるうえで手がかりになるのが、経営者の想いや、技術力などの強みです。なぜなら、それこそが、やる人にとって自信になり、腹落ちして前進できる概念だからです。そこで、まずは私はお手伝いした全ての経営者それぞれに対して「得意なことは何か」「やっていて楽しいことはなにか」と尋ねることから始めました。

 しかし、私の問いかけに対して、返ってきたのはどの経営者の答えも判で押したように同じ答え。それは「ウチには何にもない」「仕事なので楽しいといった感情はない」というものでした。

 コンセプトづくりに本腰を入れてもらうのはなかなか厳しい、というのが正直な感想でした。そこで聞き方を変えたり、これまでの私の経験を話したりしてみたのですが、なかなか状況は変わりませんでした。コンセプトの中身を問う以前に、自分の仕事や、やりがいを改めて考えるということ自体に慣れていないのだ、とおぼろげにですがわかってきました。

 このときにブレークスルーをもたらしたのは、伝統工芸の産地で長く事業を続けてきたことの歴史的な厚みでした。

 遅々としてコンセプトづくりが進まないまま、私は突破口をつかもうとある窯元の敷地内であれこれ見て回っていました。すると、たまたま魚の形をした古い木の「型」を使って経営者が作業をしている場面に遭遇しました。

 型はその窯元に代々伝わる鯛の器をつくるためのものでした。それが見るからに歴史を感じるほど古いことは私にもわかりました。

経営者が手にしていた古い魚の器の型

 経営者は「これは右向きの鯛をつくるための型なんですよ」と愛おしそうに型をなでながら言いました。しかし、私には経営者の嬉しそうな理由がわかりませんでした。

 私の様子を見て、経営者が説明してくれました。日本では通常、魚の器は左向きになるように作るそうです。私は、恥ずかしながらそのこと自体に気が付きませんでした。

 型は完成した時の器と逆向きになりますから、普通ならば型の魚は当然、右向きになっているはずです。しかし、このときに経営者が持っていた型は左向きになっていたのです。しかも、これは間違ったからではない、というのです。

 この型がつくられたのは百数十年前、明治期のことでした。

明治時代の有田の町並み(写真:香蘭社)