口腔底がんで口の中を手術し、ものを噛む機能に障がいが残った愛する夫・アキオさんのため、初めての介護食作りに取り組む料理研究家の妻クリコさん。アキオさんに楽しんで食べてもらうために「おいしそうな見た目」にもこだわりたいと、悪戦苦闘する日々が始まりました。どう調理すれば、軟らかく、味が良く、そして見た目もいい食事が作れるのか、従来の料理の段取りが通用せず、時間も体力も使い果たして、ついアキオさんに当たってしまうことも…。そんなクリコさんが行き着いた先は?
日経ビジネスオンライン史上最甘の「バカップルの戦い」を、どうぞご覧ください。
(前回「『食欲をそそる流動食』に、挫折寸前…」から読む)

1日中キッチンでミキサーをまわし、肉体も精神もクタクタの日々から抜け出すキッカケになったのは、クリームシチュー作りだった。
クリームシチューはアキオが好きな料理のひとつ。病院食で出されていたように普通に作ったものを丸ごとミキサーにかけるのでは全部がドロドロになって、見た目が悪くなってしまう。一度試してはみたが「こんなのアキオに食べさせたくない!」と丸ごとドロドロミキサー食は即座に却下した。
そこでふと考えついた。全部混ぜてミキサーで粉々にするのがダメなら、先に1つひとつの食材を形が残るぎりぎりのサイズまで小さくして、それから煮込むのはどうだろう?
クリームシチューに入れる人参やじゃがいもなどの野菜を包丁ですべて7ミリ角くらいに小さく切り、舌と上あごでつぶせるほど軟らかくなるまでクタクタに煮てからホワイトソースを混ぜる。これなら、野菜をソレとわかる形で残せるので色取りがきれい。クリームシチューとしての見栄えもよく、しかも軟らかく作れる。
「今日のゴハンは90点!」「えー、なんで100点じゃないの!?」
そして、食欲をそそるワンポイントの追加だ。
調理の最後に普通の鮭よりも軟らかい「鮭のハラス」をオリーブオイルで7割程度まで火を通し、箸で細かくほぐしてからシチューに混ぜ、余熱で火を通す。色取りに白菜の葉の部分をトロトロになるまで煮て、ミキサーにかける。これを、器によそったシチューにスプーンでトッピングすれば鮭のクリームシチューの出来上がりだ。
病院食でも魚のほぐし身は出ていたが、ほぐしてあっても、パサパサした魚をアキオは食べられなかった。口の中で、ある程度しっとりした湿り気がないと、舌と上あごではつぶしにくいのだろう。それなら脂が乗って軟らかい魚ならどうだろう?と、「鮭のハラス」を試してみたのだ。熱し過ぎるとパサつくため、加熱時間には注意した。
「これは…いけるんじゃないの?」
作り終えた瞬間、初めて手応えを感じる。
果たして結果は上々。アキオは「鮭のクリームシチュー」をひと口食べると「おいしい」と言ってうれしそうに笑い、「今日のご飯は90点!」と言った。
「えー、なんで100点じゃないの!?」と詰め寄るわたし。
するとアキオは「もっとおいしい時のために満点はとっておくね」と可愛く笑う。…こんな風に言われたらもう、モチベーションが一気にアガル! 今思うと、この笑顔が突破口というか、転回点だった。
鮭のクリームシチューの成功を機に、ようやく、アキオの口に合い、見た目もおいしそうで、しかもバリエーションを増やせる、わたしなりの“介護食攻略法”が見つかったのだ。ミキサーにかけなくても小さく刻んで充分軟らかく煮れば、食材の形が残っていてもアキオが食べられることや、アキオにちょうどいい軟らかさの程度、食欲を刺激する「おいしそうな見た目」で作るコツがわかってきた。
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