
「わたしの方が愛してる」「いや、僕の方だね」「勝手にやってくれ!」
…と言うしかないほどの仲良し50代夫婦、アキオさんとクリコさん。
ところが、夫アキオさんが、口腔底がんの手術で口の中を大きく切除し、下あごの麻痺と、ものを噛む機能に障がいが残ってしまいました。「噛む力」を失ったアキオさんは、スープ状になったお粥を一杯食べるのに1時間以上かかり、おいしいものが好きなだけに、食事の時間が苦痛になってしまいます。
しかし、アキオさんが「天職」とまでいうほど愛する仕事、職場に復帰するには、食事を通して体力を回復することが欠かせません。
アキオさんに背中を押されて、料理研究家になったクリコさんは、愛するアキオさんのために奮闘を始めます。「わたしがアキオを会社に戻してみせる!」。しかし、参考になる助言も情報もナシ、満足できる市販品ナシ。どうする、クリコ。
日経ビジネスオンライン史上最甘連載、「バカップルの戦い」をどうぞご覧ください。
(前回から読む)
ものを噛めないアキオに体力を回復してもらうために、食欲をそそる流動食を作りたい。いや、作らねばならない。でも、情報は恐ろしいほど乏しくて、こうなったらもう、自分で何とかするしかない。「おいしいものを“おいしい”と感じる、味覚がアキオに残っただけでもありがたいじゃないか!」と腹をくくり、介護食作りの試行錯誤の日々は始まった。
まずは何を、どういう状態なら食べられるのか。アキオが食べられるものを把握することから。
病院では、料理の完成品をそのままミキサーにかけたと思しき流動食が出されていたので、まずこの方法を試してみた。
普通に鮭と野菜のクリームシチューを作ってから、具材が入ったまま丸ごと全部をミキサーにかける。手順は簡単、だが、出来上がりをひと目見て「これはダメだ」とガッカリ。
「丸ごとミキサー」には、もちろん理由がある
鮭と人参やじゃがいも、玉ねぎなどの野菜が入ったクリームシチューを、そのまま丸ごとミキサーにかけたらどうなるか。あらゆる具材が粉砕されて混ぜ合わされてドロドロになる。流動食には違いないが、見た目にそれはもう胃の中の状態そのままになるのだ。これが皿に盛られていたら、ゲンナリするだけで食欲が湧くことはまずない(と、わたしは思う)。
「そんなのは贅沢だ。置かれた状況を考えれば、食べられさえすれば何でもいいはずだ」という考え方もあるし、筋も通っている。実際、介護食作りに時間も手間もかけられないご家族がほとんどのはず。病状が回復し、やっと流動食を食べられるようになって、希望を見出している人もたくさんいらっしゃるはずだ。
それはわたしも理解している。丸ごとミキサーにかけた流動食を完全否定しているのでは、決してない。
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