さらに、よく見るとお皿にプロセスチーズの塊がポンと置かれている。えっ、20倍粥でも食べにくいのに、口の中で軟らかくならないプロセスチーズ? クリームチーズならまだしも、こんなの無理だよ、噛めないのに食べられるわけがないじゃない。病院はもちろん、手術後のアキオの口の中の状態を分かっている。なのに、なぜこれを食事に出すのだろう。

 「勘違いなの? イジメなの? あたしのアキオに一体何してくれるの!」

 などと言えるわけもなく、そして勘違いでもイジメでもあるはずはない。ということは、どういうことなのか?

 病院で出されている食事に戸惑いつつ、自宅でのアキオの食事が心配になってきた。

 前回お話しした通り、アキオは手術前に、味覚を失う可能性を医師から告げられていた。だが、手術後の初めての食事で、医師チームとわたしが見守る中、具ナシの味噌汁を飲んだアキオは「…おいしい」と一言。

 「おおおおお~」と周囲から歓声が上り、安堵の声が漏れた。味覚が残るか失われるかは今後の食生活を大きく左右する分かれ道だっただけに緊張の一瞬だった。アキオから食べる喜びは奪われなかった。「良かった! それに、味が分かるならおいしい料理でわたしも彼の力になれる!」と心底嬉しかった。

 …でも、どんな食事なら食べられるのだろう? プロセスチーズじゃないことは確かだな(と、けっこう恨んでいる)。

「よし、まずは家庭での介護食作りに必要な情報を集めることから始めよう!」

「軟らかければなんでもいい」って、ホント?

 ところが、これが最初からつまづいた。

 どなたでも、退院後のアドバイスをもらう先として、最初に入院している病院を考えるだろう。アキオが入院していた病院には摂食・嚥下障害看護認定看護師という、まさにそのものズバリの専門職の方がいたので、早速、退院後の食事について尋ねた。

 「ご主人は嚥下(飲み込む)機能検査に問題がなかったので、軟らかいものなら食べられます」

 回答はこれだけ。重ねて「何か注意することはありますか」と尋ねても、「軟らかいものなら何でもいいですよ」と一言。ほかに助言は一切無かった。

 今考えると、「嚥下ができるなら、摂食・嚥下障害としては幸運なほう、もっと大変な患者さんはたくさんいるんですよ」ということなのかもしれない。時間を割いて、細かく指導するレベルのものではない、と。「医療」が見るのは、当然ながら咀嚼(噛むこと)と嚥下の機能レベルだけ。となるとアキオの状態は、それほど問題を抱えているようには見えないのだろう。

 この時点でなんとなくイヤな予感はした。

 「自分が求めている“おいしい介護食の作り方”は、もしかしたら世の中からは需要がまったく見えていないんじゃないのか、だったら、手に入れるのはものすごく難しいだろうな」と。

 ちなみに、このときの専門看護師の方は「軟らかければ何でもいい」と言ったけれど、後から自分で調べてみると、里芋やきゅうりの薄切りなど、軟らかくても表面がツルツルしたものやペタペタと張り付くものは誤嚥(ごえん)だけでなく窒息のリスクもあり、要注意と知った。

 食材がツルっと喉に勢いよく滑り込んだり、ペタっと喉に張り付いた場合、食材そのものが気管に入れば窒息の原因になり、食材から出てくる水分や唾液が間違って肺に入れば誤嚥となる。異物が肺に入る誤嚥は肺炎の原因になり、重篤な状況につながることもある。こうした介護食の注意点は他にもいくつもあった。これを専門家が知らなかったはずはないので、やはり多忙だったのだろう。

 とはいえ口腔の専門病棟なので、わたしのようなアドバイスを求める患者や家族はやはり多いと思う。退院時に簡単な食事作りの手引き冊子のようなものを用意されてはいかがだろうか。それである程度は時間も節約でき、患者の安全が守られ、家族の不安も抑えられる。もちろん、きめ細かいフォローをしている病院がほとんどだとは思う。そうであってほしい。