そしてパーティーが終わると、いつも「クリコ、ありがとう。おいしかったよ」と、私をねぎらう。この楽しい経験が、私が料理研究家になる道につながった。まさに「食べることはヨロコビ、そして人生」。

 釜でご飯を炊き、アゴと鰹でとった出し汁で、うどんのつゆを作る。たっぷりの出し汁を効かせた出汁巻き卵、味の染みた里芋の煮っ転がし、肉や魚の自家製西京漬、コトコト煮た豆、おから煮、紫が鮮やかな茄子の揚げ煮、豆腐のみそ汁、つけ合わせのシャキシャキ千切りキャベツ……。

 ごく普通の料理を、時間をかけて、ていねいに作る。米が炊ける香りや音、澄んだ出し汁の色、野菜を切る音、豆が煮える甘い香り。そうしたものに包まれている時間は、ゆったりと贅沢だ。おいしいと言って食べてくれる人がいるから、この時間を幸せと感じられる。

料理研究家への道もいっしょに

 私は子供の頃から料理を作ることは好きだったが、料理研究家になろうと思ったことは一度もなかった。キッカケは自宅で毎週のようにホームパーティーで料理を作っているうちに、「レシピを教えてほしい」「料理教室を開いたら?」と言ってくれる人が現れたこと。

 当時、結婚して専業主婦になったものの、夫は帰りが遅く、家で食事をとらないことも多かったため、とたんに時間を持て余すようになり、退職したことを後悔し始めていた私は、お世辞とわかっていながら「料理教室?あ、それいいかも」と飛びついたのだ。

 アキオに「料理教室をやってみたいんだけど」と話すと、アキオは「ああ、いいんじゃない、クリコが楽しいと思うことをやればいいよ」と即答。ちょうどイタリア料理がブームになっていた頃で、私は「料理教室を開くならイタリア料理の教室を!」と決めた。

 それから、アキオとの二人三脚が始まった。アキオが調べてくれたイタリア料理専門店主催の料理教室に通ってイタリア料理を学び、「料理がうまくなるには、おいしいものを食べないとダメ」と言うアキオに連れられて何軒もの評判のいいレストランで食事をした。家に帰るとそのレストランの料理を作って再現してアキオに食べてもらう。おいしく作れればアキオが喜ぶ。アキオに喜んでもらいたくてホメてもらいたくて、一生懸命作った。

 料理に合わせるイタリアワインを学びたいと言えば「いいよ」と言い、イタリア語の教室に通いたいと言えば「いいよ」とアキオは答えた。5、6年が経ち、私のイタリア料理を食べ続けたアキオが「もうそろそろ教室を開いてもいいんじゃないか」と言ってくれた。

仕事、料理、二人の幸せ

 いざとなると意気地のない私にアキオは「四の五の言わずにやってごらん」と、背中を押した。

 アキオは料理教室の案内チラシ100枚を作り、雨の中、二人で近所の家々のポストに入れて回った。生徒数が増え、週5日、料理教室が続いた頃はアキオとの時間が減ったけれど、アキオは「僕のことは気にしなくていい、君に料理教室をやってもらいたいから、好きにやればいいよ」と言ってくれた。

 アキオが背中を押してくれて、アキオが応援してくれたから、私は料理教室を開くことができて、料理研究家になった。アキオと結婚していなければ、料理研究家になんて200%なっていない。ちょっと料理ができるくらいで、ここまでかかわって応援してくれる人はいないと今でも思う。