この頃のことを思い出してみると、アキオは「生きられるところまで生きるのだ」という希望と強い意志を持ち続け、やがて訪れる終末への覚悟をしながら、 わたしに一生懸命、愛を残そうとしてくれていたのだとわかる。

 「僕はもう君を守ってあげられないんだから、自分に嘘をつかないように生きていかなくちゃいけないよ」

 この時期、つらくなかったとは言わない。
 いやもう、本当は心底つらかった。

 それでも生きる希望、生きる楽しみを持ち続けたアキオの姿に、わたしは勇気をもらい、どんなにつらくても傍らで見守ることができたのだと思う。アキオが病気と闘う姿や、余命宣告後の日々の姿を間近で見ていて、生きる上で一番大切で最後に残されるのは希望なのだと教えてもらった。

僕がどれだけ君を愛していたかがわかるよ

 ある時、アキオは「僕の人生は、圧倒的に幸せだったなあ」と、涙を浮かべてしみじみとつぶやいた。自分の人生を振り返り、さまざまなことを思い出しての言葉なのだろう。それを聞いたわたしは、あああああ…、よかったあああああと涙があふれた。そして、アキオの隣で、わたしも圧倒的な幸せに包まれたのだった。

 ―――食べることは生きること。

 家族で一緒にごはんを食べて「おいしいね」と笑顔がこぼれる食卓、家族のために作る食事、毎日の当たり前の光景がどれほど価値のあることか。わたしがアキオのために毎日作った介護食にも、生きる希望が詰まっていたのだと、いまは一つひとつの料理のレシピを愛しく思う。

 アキオが去って4年が経った。

 アキオが食べておいしいと喜んでくれたレシピを、今まさに介護食作りで苦労されている方々の役に立ててほしいと、わたしは活動を始めた。わたしが迷ったり、悩んだりするときは「クリコが思う通りにやればいいよ」とアキオがわたしの背中を押してくれている気がする。アキオとの二人三脚は現在進行形だ。

 亡くなる前、アキオはじっとわたしの目を見て「僕が死んだら、僕がどれだけ君を愛していたかがわかるよ」と、いつになく真剣な面持ちで言った。その時、わたしは「そんなこと、今この瞬間だってわかってる。わたしがわかっていないと思ってるの?」と戸惑い、何も言えなかった。でも、今ならわかる。アキオの不在がもたらした欠落感は、わたしにとって人生最大のピンチだったからだ。惜しみない愛情に包まれていた日々を思うたび、アキオの愛の深さ、大きさを強く感じている。

 ………いやいやいや、でもやっぱり!
 絶対、断然、圧倒的に、わたしの方がアキオを愛してる!!と、声を大にして書いておこう。

次のページに「アキオごはん」の数々が。次回は、著者インタビューを掲載いたします(編集Y)。