口腔底がんで口の中を手術し、ものを噛む機能に障がいが残った愛する夫・アキオさんのため、初めての介護食作りに取り組んだ料理研究家の妻クリコさん。悪戦苦闘の日々を乗り越え、アキオさんが食べやすい食事のコツをつかんでからは、愛する夫が「おいしい」と喜ぶ食事作りが俄然楽しくなり、キッチンで「介護食作り、めちゃくちゃ楽しい!」とガッツポーズをキメるまでに。介護食作りの救世主、時短調理アイデアも生み出します。
日経ビジネスオンライン史上最甘の「バカップルの戦い」をどうぞご覧ください。
(前回はこちら)
写真は筆者クリコさんが、時短調理のために考案した冷凍野菜ピュレCube(キューブ)。色取り豊かな野菜ピュレ(茹でてミキサーにかけたもの)を小分け冷凍し、色々な料理に活用できます。
今日は何をアキオに食べさせてあげよう? 何を作ったらアキオの「おいち~」笑顔を見られるかな♪ すっかり介護食作りが楽しくなったわたしは、アキオのおいしい顔見たさに、新しい「アキオごはん」を作ることに夢中になった。
病気になっても、いや病気から快復途中の今だからこそ、好きな料理を食べて笑顔になってほしい。
「ヨシ、次はアキオ大好物料理の再現介護食バージョン作りに挑戦だ!」
我が家の定番メニューの中から、軟らかくて、今のアキオでも食べられそうなものを選んで作ってみることにした。
クリームたっぷりのカニコロはいかが?
アキオの大好物はいろいろあるが、中でも、クリームたっぷりのジャガイモ入りカニクリームコロッケは特にお気に入り。でも、カリカリに揚げた外側のコロモ部分は、今のアキオの口には無理そう。それなら、コロッケの中身部分だけをグラタンにしたらどうだろう?
軟らかく茹でてからつぶしたジャガイモ(←この状態をピュレと言います)に、バターと牛乳を混ぜて作った滑らかでクリーミーなポテトピュレ。そこに缶詰のカニのほぐし身を混ぜ、さらにホワイトソースを加え、チーズとパン粉を振ってオーブンで焼く。これで「カニクリームポテトグラタン」の完成だ。一口食べたアキオは「あっこれ、カニクリームコロッケじゃん!」と大喜びだった。
アキオの大好物料理再現その2は「ふわふわ海老つみれ揚げ」。ぷりぷりの海老は噛めないが、すり身にしたつみれならきっと食べられる。つみれ揚げは表面のパリパリ感と、中のすり身の軟らかさが絶妙な食感の一品だ。でも、今のアキオはパリパリに揚がった部分は食べられない。
そこで、従来よりもさらに軟らかく材料を配合したすり身を、ラップで包んで茶巾絞りにして電子レンジでチン!これにとろみのある和風あんをかけた。
ひと目みて「これ、なーに?」と何だかわからない様子のアキオ。油で揚げた海老つみれしか出したことがないので、不思議そう。でも、食べてみたら「海老つみれだ!軟らかーい」と、おいしい笑顔がこぼれた。やた!
新しい「アキオごはん」が、介護食から生まれ始める
ぶり大根も、大根をいつもりより小さく切り、レンジで軟らかくしてから、さらに30分以上煮てトロトロに。ぶりは、脂が乗って軟らかいお腹の部分だけをほぐして添える。
肉や魚の西京漬け(みそ漬け)はお店で買うもの、と思っている人が多いと聞くが、我が家ではもともと味噌床を作っていて定番料理の一つだった。自分で甘さや軟らかさを調整できるので、タラやサワラなどの軟らかい魚を漬けてはアキオの食卓に出し、アキオは喜んで食べた。
病気になる前にいつもアキオが食べていた大好物を、今のアキオが食べられるように工夫する。食べさせてあげたいと思うものを、どうしたら今のアキオが食べられるかを考える。介護食というと「どう作ればいいのかわからない」「作るのが難しそう」「おいしくない」と先入観を抱きがちだが、作ってみたらおいしくできて、「コレが食べられるなら、今度はアレを」とメニューはどんどん広がり、我が家の定番家庭料理は、今までどこにもなかった「アキオごはん」という新しい家庭料理に形を変えていったのだった。
野菜ピュレを作り置き冷凍して気持ちにゆとり
アキオが喜ぶ顔を想像しながら、こうした工夫や、料理のアイデアを考えるのは楽しくて、次から次へと思いついた。だが、実はこうした工夫やアイデアを考えられるようになったのは、ある時短調理法によって時間のゆとりが生まれ、気持ちにゆとりができたおかげだった。
その時短調理法が「冷凍野菜ピュレCube(キューブ=立方体)」の活用だ。
わたしは毎食のアキオのごはんの付け合わせに、ビタミンやミネラルなど栄養豊富な野菜をたくさん摂ってほしいと、色取り良くほうれん草、かぼちゃ、ブロッコリーの3種類の野菜を用意していた。例えば、ほうれん草は軟らかく茹でて、ミキサーにかけ、出し醤油で味付けしてとろみをつけてお浸しにという具合。
ある時、ほうれん草を茹でてミキサーにかけた状態のもの(=ピュレ)を見て、「わたしコレ、毎回作っているなー」と思い、もしかしてコレ、定番なんだから作り置きしておけばいいのでは? と思いついたのだ(よく考えると、思いつくのが遅い!)。
野菜ごとに一度にたくさん、軟らかく茹でてミキサーにかけて作ったピュレを、それぞれ、小分けの冷凍容器に入れて冷凍保存しておく。これを必要な時に、必要な分量だけ使えば、調理時間を大幅に短縮できるじゃないか!
心強い助っ人、茹でた野菜をミキサーにかけ小分け冷凍した野菜ピュレCube
初めはほうれん草、かぼちゃ、ブロッコリーの3種類だけだったが、ほかに、人参やタマネギ、ジャガイモなども加えた。さらには蒸し茄子や、あめ色タマネギなど調理済みの野菜や、ミックスキノコ、ソーセージなど、料理にコクやうま味を足すためのピュレも作って冷凍保存した。
冷凍野菜ピュレCubeの使い方はこうだ。
例えば、毎日毎食アキオに出しているお粥は、いつも白粥では飽きてしまう。お粥を作るときに、炊いたご飯と水、コンソメの素を入れた鍋に、ほうれん草の冷凍野菜ピュレCubeを凍ったまま1つ、ポンと足して煮る。それだけで「ほうれん草のリゾット」ができる。かぼちゃのピュレCubeを足せば「かぼちゃのリゾット」に、ミックスキノコのピュレCubeを足せば「ミックスキノコのリゾット」になる、という具合。
かぼちゃのピュレCubeは介護食では大活躍する。冷凍ピュレCubeをレンジで解凍して柚子ジャムを混ぜたら「柚子風味和菓子」に。出し汁と醤油などの調味料を混ぜるだけで「かぼちゃの煮物」になると気付いた時は、自分でも大発見したような気分になった。さらに、出し汁やスープを足せばすり流し(和風ポタージュ)やポタージュスープが簡単にでき、チーズをのせて焼けば、かぼちゃのグラタンにもなる。かぼちゃピュレ、凄い! えらい!
アキオが好きなスクランブルエッグにも、ソーセージのピュレを足して作るだけでコクが出ておいしくなる。さらに、野菜のポタージュを作る場合、普通なら小一時間はかかるところ、この冷凍野菜ピュレCubeを使えば、なんと! 10分で作れてしまうのだ。
介護食作りで毎日毎食、最も時間がかかって最も面倒な「ミキサーにかける」工程を省略できる。これが一番ありがたかった。毎食の調理時間に余裕が生まれて、気持ちにも大きなゆとりが持てるようになった。
それでも、流動食で太らせるのは大変だ
毎日の介護食作りが俄然楽しくなったわたしの次の課題は、アキオの体重を元に戻すことだった。
アキオは手術前よりも体重が7キロも減ってしまっていた。何とか元の体重に戻したい。でも、前回お話ししたように、流動食は基本、普通の食事よりも水分を増やすことで軟らかさを実現しているため、同じお茶碗一杯の分量でも、普通食よりもカロリーは低くなる。例えば、100gのご飯のカロリーは168kcalだが、100gの全粥は71kcalと半分以下だ。
その上、食べるのに時間がかかり、途中で疲れるか、食べるのに飽きてしまい、大量には食べられない。アキオを太らせるのは大変なのだ。そして、思いついたのはデザートだった。当時のわたしの日記には「カロリー稼ぎで毎食、チカラ技のデザート付き!」と書かれている。
果物が大好きなアキオのために、フルーツのデザートをいくつも考えた。旬のフルーツをミキサーにかけて、生クリームを加え、とろみをつけてフルーツムースに。フルーツを変えれば、いろいろなムースを作れる。
この「とろみ」をつけるのに役立ったのがゼリー化パウダー(介護食用のゲル化剤)だ。普通はゼラチンを使ってゼリーを作ると固まるまでに冷蔵庫で2時間以上かかるところ、このゼリー化パウダーを使うとなんと3分でできる(!)。これがあったからこそ、毎食必ずデザートを用意できた(しかも、このゼリー化パウダーはデザートだけでなく、とろみをつける多くの料理に活用できる)。
ほかにも、市販のプリンの素を使ったかぼちゃのプリンや、お麩を使った甘くてふわふわのフレンチトースト、カステラを使ったしっとりティラミスなど、3食必ずデザートを添えることで食卓も華やぎ、食後の楽しみができる。アキオも毎回、「今日のデザートは何?」と喜んでいた。しめしめ、狙い通り♪
ゼリー化パウダーで5分で作ったイチゴのムースとゼリー
体重増を支えたものはほかにもある。口腔リハビリだ。
モノを噛む、飲み込むのに必要な、口の中や首周り・肩周辺の筋肉を鍛える体操、声を出して話すことで舌と唇を鍛える構音訓練など、アキオはこうした訓練を毎日、1日3回、朝昼晩と1回40分かけて行っていた。簡単で地味なトレーニングだったが、担当の言語聴覚士の先生のやさしく親身な指導のおかげで、退院後も楽しくリハビリを続けられ、噛む力、話す力は確実に快復していった。今も、深く感謝している。
家庭で作るからこそ、工夫や心配りができる
家庭で作る介護食だからこそ、ひとりひとり状態が違う「食べる人」の「噛む力・飲み込む力」に合わせて、きめ細かい工夫や心配りができるのだと実感する。そして、すべてではなくとも、一皿でも二皿でも、アキオと同じ献立で同じものを食べ、一緒に「おいしいね」と言って笑う。その瞬間がうれしかった。家族が病気だからこそ、毎日の食事を共にする幸せが大切なのだと、このとき切実に感じた。
※この頃、アキオが友人に送ったメール:
「病院では絶対に食べられない、おいしい病人食を毎日食べている。西京焼きの魚をほぐしたのと、とろみ添え。肉みそ入り豆腐とお麩と葉っぱのすき焼き風。刻みハムと粉チーズ入りイタリアン雑炊。ふわふわぷるぷるのデザート各種…。とにかく、食べるおかずの量が自然に増えていくのだ」
「見て、見て! 増えてるよ!」
アキオは退院後の3カ月間に流動食だけで体重が3キロ増えた。
体重計に乗り、「クリコ、クリコ、見て見て、増えてるよ!」とわたしを呼ぶ。体重が増えると、食べたものがちゃんと身になって、体力がついてきていることを実感でき、快復への意欲がさらに増す。そして、その後さらに2カ月後には、アキオの体重は4キロ増えて元の体重に戻ったのだった。
「流動食だけで7キロ増えた」と病院の医師に報告すると「それは凄い!」と驚かれ、医師たちの驚きぶりにこちらがビックリするほどだった。
わたしは小さい頃から家の台所が好きで、母の料理する姿を見ながら料理を覚えた。アキオが人を家に招くのが好きだったことから、いろいろな料理を作って、人をもてなす機会が増え、それが好評で料理教室を開くようになり、自然な流れで料理研究家になった。
アキオの介護食作りが楽しくなり、アキオの体重が増えていく嬉しい日々の中で、ある日、唐突に気づいた。
「ああ、わたしはこの時のために今まで料理をやってきたのだ、神さまがこの時に役に立つように用意してくれていたのだ!」と。
うれしかった。専業主婦で子供もいないという境遇で、1日中、介護食作りができることも、神さまのわたしたち夫婦へのお計らいのように思えた。
うるうるの涙目で空を見上げ、神さまに深く深く感謝した。
(つづきます)
わたしが作った「アキオごはん」を少しご紹介します
鶏ひき肉に大和芋と豆腐などを加えてミキサーにかけて作った鶏団子は舌と上あごでつぶせるほどのふわふわの軟らかさ。トマトソースで煮込み、粉チーズをかければ、本格イタリア料理も楽しめます
すべてにピュレCubeが大活躍
冷凍保存しておいた蒸し茄子の冷凍ピュレCubeを電子レンジで解凍し、透明なグラスに盛り付け、とろみをつけたポン酢のソースと混ぜながらいただきます。翡翠色が美しい一品の完成。
炒めたキノコと玉ねぎをミキサーにかけたミックスキノコのピュレに、卵と牛乳と生クリームを混ぜて蒸すだけ、キノコの香りと濃厚な味わいの洋風茶碗蒸し。チーズソースをかければさらにリッチに。
小分け冷凍しておいたかぼちゃの冷凍ピュレCubeを電子レンジで解凍したら、柚子ジャムと果汁を混ぜるだけ。ラップに包んで口をひねりながら絞り、茶巾形に整えれば即席の和菓子に。
※この記事中で紹介している料理はすべて、舌と上あごで食べ物をつぶして、飲み込める人向けに作ったものです。
前回『ガンで噛めない夫に、愛の「すき焼き」を♪』のコメント欄に温かいコメントをたくさんいただきました。
うれしさに涙が止まらず、何度も読み返しました。本当にありがとうございます。
わたしの経験から生まれた介護食のレシピが同じように苦しんでいらっしゃる方々のお役に立てるよう、精一杯努力してまいります。
そして、夫アキオの回復をお祈りしてくださるコメントもいただきました。
第1回「バカップル夫婦、ガンに直面す」で、夫がすでに亡くなったことに触れています。このお話は現在進行形で書かせていただいていますが、過去のお話なのです。
励ましのお言葉までいただきながら、大変申し訳ございません。
「がんばれー」のあたたかい励ましのお言葉に、また涙があふれ、勇気をいただきました。
心よりお礼申し上げます。
クリコ拝
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