明確なビジョンが示した進むべき道

事務局長に就任し、何から手をつけたのでしょうか。

松崎:まず実行したのはビジョンを策定することです。

 当時、日本ブラインドサッカー協会は明確なビジョンを持っておらず、「“なんとなく”世界で戦うために強化をしよう」「そのために“なんとなく”競技を普及させよう」というように、曖昧な基盤の上で行動する傾向にありました。前身団体が立ち上げられた2002年当時は、この競技が正式種目となる2004年アテネ・パラリンピックに向けて“とりあえず”普及活動をしている状態でした。

 私が事務局長に就任した2007年にはある程度の実績も積み重ねていたので、「なぜブラインドサッカー協会の強化・普及を行うのか」ということを考えるための材料そのものはありました。そこで、その理由を明確なものにするために1年半ほどの時間を費やして、「ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること」というビジョンと、「ブラインドサッカーに携わるものが障がいの有無にかかわらず、生きがいを持って生きることに寄与すること」というミッションを制定しました。

競技団体のビジョン・ミッションとしては、競技の強化や普及振興を第一義に置いておらず、少々変わっているようにも感じます。

松崎:おっしゃるように、競技団体というものはその競技の日本代表チームをオーガナイズし、ルールを制定し、競技を広げていくことが本質です。しかし障がい者スポーツというカテゴリーの場合、障がいを持っているために社会で生きにくさを感じている方々を対象としています。そういった人々がより良い人生を送るためにいい影響を与えてこそ、スポーツとして成り立っている意味があると思うのです。

 とはいえ、これを決めるまでには喧々囂々(けんけんごうごう)がありました。ビジョンの策定のためにスタッフを集めて2日間の合宿を行ったのですが、そこでも「競技の強化を第一にすべきだ」というスタッフもいれば、「もっと普及させて、競技を知ってもらうことに重きを置くべきではないか」という声もありました。ただ、腰を据えて話をしてみると、言葉は違っていても、表現したい世界観は非常に似ていたのです。その世界観を「混ざり合う社会」という言葉で掲げるようにしました。

 この「混ざり合う社会」というのは、マイノリティーである視覚障がい者だけを対象に事業を展開しても達成できるものではありません。マジョリティーに対しても働きかけ、そうした人々の眼差しを変え、そして社会のあり方を変えていくことが必要なんです。ですから我々は、今もマジョリティーの人々を対象とした事業を展開しています。