(写真=柴田謙司)

 「京の町で駅伝!? お坊さん達がタスキをかけて?」「いえ、お坊さんに限らず、神主さんもプロテスタントやイスラム教の方たちも」

 「すごい! で、どの宗教が優勝でした?」「優勝も何も同じチームで走りましたので」「ってことはキリスト教からイスラム教、仏教へとタスキを繋いでいった? ははははは」

 2014年、自ら主催したアジア初の「宗教者駅伝」なるユニークで壮大なエピソードをこともなげに披露してくれたのが京都妙心寺退蔵院の若き副住職、松山大耕さん。開け放たれた書院で正座する僧衣姿の彼の後ろには緑したたる庭、柔らかな日射し。600年もの歴史ある寺ならではの独特な心地よい“気”も相まって、「さすがは名刹のお坊さんだなあ」と初対面の私は思ったのですが、話すにつれて僧侶の枠や宗教の垣根を越えた発想や行動力に驚かされ、落語家の私が思う“僧侶”のイメージは見事に打ち砕かれてしまったのです。

 松山さんはお寺の子供に生まれながら中学高校はカソリック、東大経済学部に入学後、農学部に転部、大学院で生命科学を学んだという経歴からして垣根を超越した存在なのですが、副住職になったあとも世界中の様々な宗教や職業の人々と盛んに交流している。そうした彼の生き方そのものが“垣根を越える”原動力になっているに違いありません。

 きな臭くなる一方の世界。本当に難しい局面にある地球。垣根の向こうを攻めるより、垣根を越えてタスキを繋ぐこと。その大切さを日々体感している松山さんに、あるべき『次代』は確実に見えているはずです。