(写真=千倉志野)

 栗山さやか。彼女のことを私は「プラ子」と呼んでいる。出会いは2007年。1通のファンレターをメールでもらったことがきっかけだった。

 プラ子は、渋谷109のショップ店員をしていたある日、バックパッカーとなって旅をしようと思い立つ。旅の途中で立ち寄ったアフリカ・モザンビークで最貧困層の人々に出会い、そのまま病気で亡くなる人々へのボランティア活動を始めた。「日本人がいるわけない」と言われるくらい危険な場所で、ガングロギャルだったプラ子はもう10年以上、活動を続けている。

 有志を募り寄付散歩会を企画するなど、かれこれ7~8年、彼女を応援してきた。不思議なものでプラ子はアフリカでそこにはいないのに、なぜか彼女が触媒となって、仲間が増えていく。人と人をつなぐ力がプラ子にはあるのだと思う。

 現地の国立医療学校を卒業し、医療技術師の資格を取得したプラ子。2016年からはモザンビーク北部の病院で働き始める。私はただただ、プラ子が日々、幸せであってほしいと祈っている。