(写真=大高 和康)

 松波登は、三度のメシより車が好きである。若い頃は、ラリーのレーサーだった。その道の第一人者である篠塚建次郎氏としのぎを削るくらいの腕前だった。松波登は、バイタリティの塊である。父親を早く亡くし、30歳のときに大きな債務と共に家業 (ガス検知器メーカー)を引き継いだ。辛酸を嘗めたが、頑張り抜いて再建した。彼は、夢を追う男である。50歳のときに、トラックなど後方視界の無い車両向け常時後方視認システム「リアヴューモニター」を考案した。車体後方に設置したカメラで映した映像を液晶画面に表示し、ルームミラーを介して見るシステムである。彼は、夢中になってその事業化に取り組んだ。還暦を迎える頃、その努力が実を結びかけてきた。しかし、彼は、それで満足することなく、次なる夢を追いかけ始めた。

 昔、ミゼットという三輪自動車が一世を風靡したが、いつの間にか廃れてしまった。その廃れた原因となった、転倒しやすいなどの欠点を解消した上で、駆動源を電気にした新製品を開発し、現代に甦らせようと思い立ったのである。先行したリアヴューモニターは今や相当な高収益事業に育ったが、その収益は、全て電気三輪車の開発と事業化に投入してしまっている。資金繰りを含めて頭の痛いことは山ほどある様だが、彼は、いつ会っても楽しそうだ。日々、好きな自動車と向き合っているからにちがいない。

 松波登は、友情に篤い。私は、彼とは小学校、中学校の同級生で、60年を超える付き合いだ。車両の型式認定を受け、既に自動車メーカーたる資格を得たわけだが、この電気三輪車事業が大きく開花することを松波と共に夢見ている。