(写真=後藤麻由香)

 「愛する人を守るために今日から一緒に始めましょう」。昨年2月。知多半島の東側、三河湾に面したわが町の中央公民館で、大木先生が語りかけると、集まった500人の町民は本題に聞き入った。

 この日、先生の起床は朝4時前。人口4万2000人の、この小さな町のために東京から駆けつけてくださった。海沿いには製薬や化学の工場が進出し、50人ほどの園児が通う竜宮保育園がある。町役場が建つのは、海抜10メートルの低地だ。

 南海トラフ地震が発生した場合、内閣府が予測する津波は最大で4メートル。到達時間は地震発生後、最短で66分という。役場が避難場所に指定しているのは高台の中学校。海抜は24メートルだ。

 しかし、どれほど精緻な予測データを眺めても、今の科学では防災対策が正解だったかどうかは結果でしかわからない。

 「津波は50センチでも人は歩けなくなる」「LEDライトとホイッスル、枕元に置くスニーカーが命を守る」――。大木先生の訴えは、私たちの防災意識を着実に変えた。役場や国がいくら防災対策を講じても、頭の理解だけではやがて限界が来る。最後に命を救えるのは私たち一人ひとりの意識と行動に他ならないからだ。

 先生の講演後、竜宮保育園では園児を20分ほど離れた高台に避難する訓練が始まった。引率する保育士さんと連携しようと、地域災ボランティアの輪も広がっている。町内に18か所ある、海岸と河川の合流地点では水門の総点検が進む。

 確かに地方自治体ができることには限りがある。わが町も景気の低迷で税収が落ち、今年度は48年ぶりに国から地方交付税を受けることになった。財政は厳しい。

 それでも、これから生まれてくる子供たちが巨大地震に遭遇する確率は高い。「地震の怖さを伝えていくことが、子供たちに『生まれてきてありがとう』と言えることにつながる」。大木先生は講演の最後を、こう締めくくった。

 愛する人を守る――。私たち一人ひとりの覚悟が揺らぐことはない。