(写真=ロイター/アフロ)

 ブエノスアイレスの女神は微笑んだ。

 2020年、東京五輪。その歓喜の瞬間を、はるか地球の裏側の日本国民と共有できたこと。僕は1アスリートとして最高に幸せを感じている。

 「絆」。五輪招致成功の理由を、この美しき1文字で語ることは容易い。だが、僕の見方は少し違う。チームジャパン1人1人が、「適材適所」の働きをしたからこそ、だと思うのだ。もちろん裏方も含めて。

 今でこそ明かせるが、僕に課された役目はチームの起爆剤になることだった。日本のプレゼンを指導したマーティン・ニューマン氏に「誰よりも練習をして他のメンバーを焦らせてほしい」と頼まれていた。だから、招致の最大のクライマックスであるプレゼンでさえ、僕にとっては些細なエフェクトに過ぎない。

 さあ、勝負はここからだ。6年後までに、日本人がいかに国際感覚を研ぎ澄ませて大会を作り込めるか。それが鍵だ。

 日本は良い国だ。「おもてなしの国」「財布を落としてもきっと自分のところに戻ってくる」――。プレゼンで滝川クリステルさんがそう語ったように。

 しかし、それはそれとして。今の日本には「ドメスティックな感覚からの脱却」が急務だ。  「Inspire a Generation」。振り返れば2012年、ロンドン大会ではこのスローガンに世界中の若者が強烈なメッセージ性を感じ取り、新たなカルチャーを積極的に取り入れて大会を作り上げた。あの保守的な英国でさえ、伝統や実績に固執せず、グローバルに変わろうとしたのだ。

 翻って日本。世界の人々を真の意味で「おもてなし」できるだろうか。

 文化や、自然、人々の心……。確かに我が国には多くの「美」がある。だが、大切な何かが欠けていると思うのは僕だけか。 そう、それは「国際感覚」だ。

 振り返れば、プレゼン冒頭の高円宮妃久子様のスピーチ。流暢なフランス語と英語を駆使し、凛とした声で聴衆の関心を引き付けた。日本にも真に国際感覚に長ける人がいるのだと、世界中の人々はアッと驚いたに違いない。

 日本から世界を見るのではなく、世界から日本を見る眼が必要だ。内向き、自己完結的な思考ではなく、国際協調の中で国の将来を模索し、俯瞰的に日本人の価値を追求していかなければ、急速に進むグローバル化の波は乗り越えられない。

 そのために、僕らは恐れず、どんどん海外に出よう。そして、外から静かに日本を眺める。きっと、未来の日本のカタチがそこに見えるはずだ。

 東京五輪は、日本が国際感覚を磨き上げる最大にして最後のチャンスになると思う。僕ら若い世代が先頭に立ち、意識を変えていこう。

 東京五輪は、その踏み切り台。

 その先の、世界のNipponを目指して。