(写真=ロイター/アフロ)

 トヨタ自動車工業の創業者豊田喜一郎はエンジニアとしても非凡の才を発揮したが、当時安定していた「繊維」から海のものとも山のものとも知れぬ「自動車」へ手を出した。しかも、乗用車をめざしていたことが、今日の成功を予感させる。乗用車主義は当時の国力から考えて、あまりにも空想的な目標であった。トヨタは機械音痴だった日本人にクルマを与え、生活を変化させた。農業国を工業国に変え、日本人の生き方までリードした。そして、国のありようも変えた。

 ここに豊田家の非凡が見える。豊田家は「自動車業は家業だ」という。その理念を受け継ぎ、喜一郎の孫である章男を中心に年産1000万台を目指す。だが、いたずらに数字を追わず、より実用的な自動車社会の実現に努力する。章男が「名門の中の名門」の人材たる所以。表面的な華やかさには、興味を持たない。ひたすら「家業である自動車業」を続けていってほしい。