(写真=Jan Buus)

 ジョーイ・イトーに会うように、と勧めてくれたのは、今は亡きティモシー・リアリーだった。米ハーバード大学で幻覚剤の研究をしていた教授で、1960年代のヒッピーたちの教祖的存在だった人だ。ティモシーが亡くなる数年前、友人とともにLAの自宅へ伺った際に、僕が日本人であることもあってジョーイの話になった。確かジョーイは、日本に3Dのテーマパークを作ろうとしている、とティモシーは言っていた。「教祖」ティモシーにかわいがられている僕より年下の日本人、というのはちょっとした衝撃だった。

 次にジョーイの名前を目にしたのは、それから1~2年後だっただろうか。まだ日本にウェブサイトが70ぐらいしかないインターネットの草創期、彼は日本に導入した立役者となっていた。僕は彼に会いに行き、僕たちはすぐ仲良くなった。

 それから長い時間が経つが、今も彼は会うたびに新しい情報を授けてくれ、常に僕の好奇心を刺激し続けてくれる。家では野菜を作ったりと、意外なほど素朴な面も持っている。非常に多面的な人間だ。