「まさか」が再び世界を襲った。英国の欧州連合(EU)離脱=Brexit(ブレグジット)に続き、超大国の米国で次期大統領に共和党候補のドナルド・トランプ氏が選ばれた。事前の予想では、民主党候補のヒラリー・クリントン氏が優勢と伝えられてきただけに、世界に与える衝撃は計り知れない。
日経ビジネスオンラインでは「もしトランプが大統領になったら(もしトラ)」という仮定の下、10月中旬から識者のインタビュー記事を掲載してきた。まじでトランプが大統領に決まった今(まじトラ)、改めて識者に今後の行方を聞いた。
トランプ氏は選挙期間中、日米安全保障条約の見直しにも言及した。そこで元防衛大臣の石破茂衆院議員に、今後の日米関係などを尋ねた。世界最大の経済・軍事大国である米国の大統領は、同盟国である日本の経済や安全保障に多大な影響を与えるのは間違いない。
事前の予想を裏切って、トランプ氏が勝ちました。まず、どんな感想を抱きましたか?
石破:やはり、選挙というものは何でも起きると言うことです。米国でも日本でも、古今東西を問わず、選挙はやってみるまで分からない。それを世界中の人々が今、噛み締めているでしょう。
石破茂(いしば・しげる)氏
1957年生まれ、59歳。鳥取県八頭(やず)郡八頭町郡家(こおげ)出身。79年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)入行。86年、旧鳥取県全県区より全国最年少議員として衆議院議員初当選、以来10期連続当選。農林水産政務次官(宮澤内閣)、農林水産総括政務次官・防衛庁副長官(森内閣)、防衛庁長官(小泉内閣)を経て、2007年に福田内閣で防衛大臣。国会では、規制緩和特別委員長、運輸常任委員長、自民党では過疎対策特別委員長、安全保障調査会長、高齢者特別委員長、総合農政調査会長代行等を歴任。その後も2008年に農林水産大臣、2009年に自由民主党政務調査会長、2012年に同幹事長、2014年に国務大臣 地方創生・国家戦略特別区域担当(2016年8月に退任)。趣味は、料理(カレーには自信あり)、読書(特に漱石、鴎外、井上靖、五木寛之、福井晴敏)、遠泳。好きな食べ物はカレーとコロッケ(写真:菊池 くらげ、以下同)
石破:なにしろ、開票が始まるまでほとんどのメディアが、「ヒラリー勝利」と報じていましたよね。開票が進むにつれて、状況が徐々に変わり、トランプ氏が勝った。こんな結果を予測していた人はいなかったはずです。
トランプ氏が大統領になることが決まった今、改めて日米関係の今後についてお伺いします。日本国内では、防衛費の負担増などにつながると懸念する声が大きいです。
石破:トランプ氏に対する人物評を修正していく必要があると思います。参考になるのが、早い段階からトランプ支持を打ち出していたルドルフ・ジュリアーニ氏(元ニューヨーク市長)の話です。今年4月に読売新聞の取材を受けた際、日本だけでなく米国も日米安全保障条約の恩恵に浴しているということを、トランプ氏は急速に理解してきているという話をしていました。
これが実態なのです。トランプ氏も最初はよく分からなかったので、過激なことを言っていたかもしれない。しかし、選挙戦を通じて様々な人と意見交換をする。スタッフの数も増えて、入ってくる情報の量も質も変わってくる。これからは次期大統領として、更に多くの情報に接することになるでしょう。そうすれば自ずと、日米同盟の重要性が分かるはずです。
石破:同じような話は10月に来日したマイケル・フリン氏も言っていました。フリン氏はDIA(米国防情報局)の元長官で、トランプ氏の側近として軍事顧問を務めています。フリン氏と私は3時間近く、じっくりと意見交換をしました。
フリン氏の言を借りれば「心配するな」ということでした。トランプ氏は選挙中なので過激なことをいろいろと言っているが、同盟国との様々な事情もよく分かっている。大統領になるとなれば周りに優秀なスタッフも集まってくるので、彼らが立案する政策も含めて、「トランプ大統領」の評価を下すべきでしょう。
「お前ら、インテリの言うとおりにはならない」
石破:だからと言って、日米関係がこのままでいいと言うことにはなりません。それはトランプ氏の価値観とも合致しないでしょう。同盟関係をより強固にしていくために双方が何をすべきか。日本も相当な努力をしなければなりません。前回も申し上げましたが、カネを払って日本の国土を米軍に守ってもらうという発想は、米軍を傭兵のように扱うと言うことです。これは米国の軍人を、侮辱していることです。
日本はこれまで安全保障に関して、「損するか」か「得するか」だけを考えてきたきらいがあります。確かに日本は、米国の他の同盟国よりも駐留米軍の費用を多く負担してきました。「ホストネーションサポート(受け入れ国支援)」といわれるものです。
ドナルド・トランプ氏が次の大統領になることが決まったのですから、日本側も国防について真剣に考えていかなければなりません。
日本の政界で、トランプ氏と関係が深い人がいるのでしょうか。
石破:さあ、聞いたことがありませんね。自民党も民進党も、これからパイプを築いていかなければなりません。
世界経済に及ぼす影響についてお伺いします。トランプ大統領が誕生することを受けて、日経平均株価は本日(11月9日)、1000円近く下落しました。為替相場も対ドルに対して円が一時、3円近くも高くなりました。
石破:これから一本調子で円高が進んでいくなんてことは、まず起きないでしょう。まずはトランプ氏がこれからどんなメッセージを発するか。閣僚などにどのような人材を起用するのか。こうしたことを注視していくことが重要です。
今回の選挙戦を通じて改めて感じたのは、アメリカという国の社会の変質です。米国の有権者は、インテリとか、ウォール街とか、メディアとか、権力者側にいる人の話を信用しなくなってきた。「もうお前ら、インテリの言うとおりにはならない」ということを行動で示した結果が、トランプ勝利につながったのです。
思えばこの数年で、経営者と労働者の格差が開き過ぎました。金融緩和を進めて労働者の賃金は増えたんでしょうか。あらゆる政策がウォール街の一部の金持ちのために進められてきたのではないか。メディアだってその流れに加担してきたんじゃないか。そうした疑念が渦巻き、大きな流れとなったのです。
これまでとは全く異なる大統領が率いる米国と付き合っていく
日本ではTPP(環太平洋経済連携協定)の国会審議が進められていますが、トランプ氏はTPPに明確に反対しています。TPPの成立は、風前のともしびではないでしょうか?
石破:これだって、何が起きるか分かりませんよ。
選挙期間中に言ってきたことと、大統領になってから実際にやることは大きく変わるなんて、よくあります。例えばロナルド・レーガンは大統領選挙のときに、中国に対抗して台湾と国交を回復すると言いました。ジミー・カーターだって、選挙中には韓国から米軍を引き揚げると言っていました。しかし実際彼らが大統領になってからは、一切そんなことはしていないわけです。
前回のインタビューで、トランプは「トランプ」という存在を演じているだけだと仰っていました。今後トランプ氏は、豹変するのでしょうか。
石破:(9日未明に支持者の前で勝利宣言した)今日の演説を聞いて、「トランプって結構まともな人だ」と感じた人もいたんじゃないでしょうか。日本では、ワイドショーだけではなくニュース番組でも、過激な発言をした部分だけが繰り返し流れますが、そんな単純な話ではありません。
とにかく今言えることは、これまでとは全く異なる大統領が率いる米国と日本は付き合っていくということです。右往左往するのではなく、日本国として何をなすべきか。安全保障政策も経済政策も、今まで以上によく考えて臨まなければなりません。
(聞き手:坂田 亮太郎)
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