日本は大転換を迫られる?

萱野:安全保障の観点で言えば、むしろヒラリー氏が大統領になった方が、中国に対して強硬に出る可能性があると考えています。

 基本的に、ヒラリー氏はオバマ政権ほど、中国に対して寛容政策は取らないはずです。オバマ大統領は中国に対し、「話せば分かってくれる」と8年間耐えてきました。これは2008年の世界金融危機以降、中国が公共事業などを増やし、世界経済を救ってくれた背景があったためです。中国とも、協調的な関係を保つと考えていたのがオバマ大統領でしょう。それでも中国との関係は進展しなかった。

 ヒラリー氏は、両国の信頼関係が崩れたところから出発しなくてはならない。ヒラリー氏はオバマ大統領ほどの博愛主義者ではありませんから、中国に対して、厳しく出る可能性が高いはずです。米中関係の緊張が高まれば、当然日中関係の緊張度も増すでしょう。

 トランプ氏とヒラリー氏の政策は、中国の東シナ海や南シナ海への海洋進出に、どれだけ米国が関わるかという面でも違います。ヒラリー氏の方が関与度合いは高い。トランプ氏が大統領になれば、それぞれの国は自分たちで中国との問題に対処しなくてはならないでしょう。ただ、この問題については、米国がどこまで介入するのが地域の安定にとって望ましいのか答えは出ていません。私自身、どちらが好ましいのかはまだ分かりません。

トランプ氏が大統領になれば、日本の軍事面での負担は大きくなると懸念する声もあります。

萱野:トランプ氏が現在の主張を全て実行できれば、ですよね。ただ私自身は、本当はもう少し軍事費を増額してもいいと思っています。トランプ氏が大統領になれば、日本は国のリソースをある程度は軍事費に割かなくてはならなくなります。これは戦後、経済中心主義で軽武装、日米安保を柱に据えてきた吉田ドクトリンを大転換させることでもありますから、大きな意味を持つことになるでしょう。

トランプ氏が象徴する世界情勢の変化

戦後、日本の取ってきた方針が大転換されるということでしょうか。

萱野:そうなる可能性も考えなくてはなりません。ただ、冒頭から説明しているように、トランプ氏が大統領になろうがなるまいが、米国の方向性は変わりません。米国の超大国の地位が揺らぎ、日本が米国に頼っていられなくなる状況がいつかは訪れるわけです。

 さらに日本にとって難しいのは、米国の地位を脅かすのが中国やロシアの台頭であり、北朝鮮の冒険主義であるということです。日本を取り巻く極東の情勢が大きく変わり、同時に米国のプレゼンスが低下している。こうした地殻変動の渦中にいるのが日本なのです。

 トランプ氏が大統領になろうがなるまいが、トランプ氏は未来の予言者であると私は思っています。米国の未来の方向性を指し示しているし、過激な分、未来を先取りしているとも言える。ではその時に日本はどうすべきか。トランプ氏の存在が、日本に安全保障のあり方を問うているわけです。

 国々の力関係が変動する時、世界情勢は最も不安定になります。20世紀には、英国の地位が低下したから、欧州での力関係が変わり、ドイツが英国に挑戦する形で、2回の世界大戦が起こりました。

 戦後、英国から米国にヘゲモニーが移り、今度は米国の地位が低下しつつある。それに挑戦する中国が台頭してきました。中国が今後、どれだけ冒険主義に走るのかは分かりませんが、力関係が変わる時に秩序が不安定になる事実を、我々は100年前に学んでいます。

 その地殻変動がまさにアジアで起こっていて、トランプ氏は国々の均衡が変わりつつあることに問題提起をしている。日本では、「トランプ氏はやばい」ということを煽るばかりで、彼が提起している本当の問題を捉えようとしていません。多くの人々が、トランプ氏さえ大統領選で敗れれば、この問題は終わるであろうと考えています。けれどもそれは、あまりにも世界情勢についての認識を矮小化しているのではないでしょうか。日本はどうするのか。我々は本気で考えなくてはなりません。