ヒラリー氏が大統領になった方が危ない?

萱野:欧州でも同じことが起きています。欧州では1990年代半ばから極右勢力が台頭し、9.11以降、一気に拡大して順調に勢力を伸ばしています。私はフランスに留学していたので、フランスの国内事情はよく理解していますが、フランスではこの25年くらい、極右勢力の主張がどんどん洗練されてきています。

 かつてはもっとあからさまに「外国人は出て行け」と主張していましたが、その表現が選挙で勝てる言い方に変わってきているのです。「これはフランス人のためなんですよ」と。フランスの極右・国民戦線は「日本のように自国で外国人の入国管理ができるようになりましょう」「冷静に犯罪率を見れば、黒人とアラブ人が多いでしょう」と訴えている。政策が洗練され、より国民に受け入れられやすいスローガンに変わっているのです。その分、過激さは弱まっています。

 極右勢力は選挙の度に得票を伸ばしていますが、実際に政治の場で主張を実現できる存在になると、あまりに過激な発言はできなくなる。トランプ氏を支持していた勢力も、行政的な継続性や他国との関係の中で自分たちの主張を形にしようとすれば、段々と穏やかな主張に変わらざるを得ない。けれどもその流れを目の当たりにするので、有権者は納得できるわけです。

トランプ氏が大統領になった段階で、ある程度ガス抜きがされるということでしょうか。

萱野:「あなた方が主張していたことを政策として実現するとこうなる」ということを国民が学ぶようになりますから。

 逆にトランプ氏が大統領にならないと、トランプ支持派の意見はもっと過激になるでしょう。不満としてくすぶるので、より過激化しやすくなるし、米国社会の底流に鬱屈した形で沈殿するようになるはずです。

米国社会でトランプ支持派のガス抜きがされるとなると、トランプ氏が大統領になるリスクは少ないように感じます。

萱野:私自身は、さほどリスクはないと考えています。ただあらゆる意志決定が面倒になるでしょうね。トランプ氏およびその側近、支持層を説得するのに時間がかかりますから。

 もちろん、ヒラリー氏が大統領になった場合と、トランプ氏がなった場合とでは違いがあります。ヒラリー氏が大統領になればより協調主義になるだろうし、トランプ氏であればより強く「アメリカ・ファースト」を打ち出すでしょう。けれど繰り返しますが、トランプ氏が主張する方向性は、オバマ大統領と変わっていないのです。より過激な表現で「アメリカ・ファースト」と言っているだけなのです。

 彼の掲げる「アメリカ・ファースト」のスピードを、もう少しゆっくり進めましょうと説得する必要はある。その手間が大変なだけで、具体的に困ることはあまりないと感じています。日本では皆さん、「トランプ氏が大統領になれば大変なことになる」と騒ぎすぎなのではないでしょうか。

ヒラリーだって嫌われている

そう考えると、ヒラリー氏が大統領になって、トランプ氏の支持層である白人の低学歴・低所得層の鬱屈したものが過激化する方がリスクのように感じます。

萱野:どちらが大統領になっても、米国内を統治することの難しさは変わらないでしょう。今回、米国は相当、分裂しましたから。

 ヒラリー氏が大統領になっても、共和党支持の白人貧困層からはそっぽを向かれるでしょう。ヒラリー氏だって消去法で選ばれた不人気候補ですから、米国3億人の国民をうまく統合できるとは思えません。やはりある種のエリート主義が強くて、これまで既得権益を持っていたこぼれゆく中間層の白人たちの意見を上手くとりまとめるのは難しい。

 同じようにトランプ氏に対しても、アレルギーを持つ人が国民の半分以上は存在する。さらにトランプ氏が大統領になれば、共和党が分裂する可能性もあるでしょう。伝統的な共和党支持者と、新しく出てきた不満分子の支持者たちが対立し、共和党執行部は党内の意見をまとめきれないかもしれません。党内の亀裂を修復できる人物がいればいいのでしょうが、今のところ思いつきません。

トランプ氏のこれまでの発言を見ると、日本や日米関係に関する理解が乏しいように感じます。トランプ氏が大統領になれば、日本はどんな影響を受けるのでしょうか。

萱野:メリットもデメリットもないと考えています。TPPが頓挫する可能性は出てくるでしょうから、経済的な影響は考えられます。ただ影響といっても、TPPはまだ交渉の最中ですから、現状から何かが大きく変わるとは思えません。そもそも日本は80~90年代の日本バッシングを受けて生産拠点を米国に移したりして、貿易不均衡の批判をくぐり抜けてきています。ですから今さらトランプ氏が日本を叩こうとしても、簡単に叩けるものではないはずです。

 もちろん品位の問題はありますし、彼が米国大統領にふさわしくないと拒絶反応を示す気持ちは分かりますが、それでも騒ぎすぎではないでしょうか。