経営課題としてLGBTに取り組むことのメリットを理解したら、次は具体的な施策への落としこみについて確認しよう。LGBT対応のステップには、唯一絶対の正解があるわけではない。いろいろな企業のこれまでの事例を踏まえて、比較的進めやすい流れを紹介するので参考にしてほしい。
《STEP1》経営課題としての認識をキーパーソンと共有する
企業がLGBTの課題に取り組むきっかけは様々だ。その一つとして、社員からのカミングアウトを受けて、必要に迫られて始めたという企業も少なくない。
たとえば、下記のようなケースがある。
- 転勤を命じた社員に実は同性のパートナーがいて、家族として同伴したいと相談があった
- 男性として働いている社員から、女性として働くために性別の移行を進めていきたいとカミングアウトがあった
このようにカミングアウトがあった場合には、具体的な課題として可視化するので、対応に取りかかりやすい。だが(前回も紹介したように)、職場でカミングアウトしているLGBTの割合は4.3%(博報堂DYホールディングス、LGBT総合研究所「職場や学校など環境に関する意識行動実態」)ときわめて低い。そのため、社員のカミングアウトを待ってから対応しようというのでは、遅れてしまうことが多い。
そこで、社員のカミングアウトのような直接的なきっかけがない場合には、LGBTをとりまく課題について「知る機会」を設けることがまず大切だ。その際には、LGBT対応を進めるにあたってキーパーソンとなる人事・ダイバーシティ担当者や人事担当役員、経営層など、できるだけ多くの人を巻きこむ工夫をしてほしい。
具体的には下記のような機会やリソースを、低コストあるいはコストゼロで活用できる。
- 社外の、LGBT当事者や専門家が講師を務める研修会やセミナー、シンポジウムへの参加
- 無償でインターネット公開されている動画の研修素材「虹ステーション」の活用(特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ作成)
- LGBTのパレードや映画祭など、LGBTコミュニティの大きなイベントへの参加
その上で、社内でLGBTの講演会や研修会、セミナーなどを開催すると、さらに課題を多くのメンバーと共有できる。
《STEP2》方針を明文化&宣言する
次に取り組みたいのが、LGBT対応方針の明文化だ。会社としての姿勢を社内規程の中に盛り込み、社内外に公表することで、一過性の取り組みではなく、これから継続的に取り組んでいくことの宣言になる。
ここまではLGBTという言葉を使ってきたが、実際に規程に明記するときには、LGBTにかぎらず全ての人が持つ性の要素である、「性的指向」「性自認」の言葉を使うことが推奨されている。何についての課題であるかが明確になるからだ。
- 性的指向(Sexual Orientation):好きになる相手の性別
- 同性愛者は性的指向が同性に向く、性的指向に関するマイノリティ
- 性自認(Gender Identity):自分の性別の認識
- トランスジェンダーは、生まれたときの性別とは異なる性自認を持つ、性自認に関するマイノリティ
具体的な規程の例としては、倫理規程や人権規程などの中に「人種」「国籍」「性別」「障がいの有無」などを理由に差別をしないと書かれている場合に、同列に「性的指向」「性自認」を追加して明記することになる。
ちなみに、この性的指向と性自認の英語の頭文字をとった「SOGI(ソジ)」という略語も使われだしているので覚えておくと便利だ。
さらに最近では、「性的指向」「性自認」に加えて、性のもう一つの要素である「性表現」(Gender Expression)も併記する企業が少しずつ増えてきた。性表現とは、服装、髪型、話し方、しぐさなど、自分の性の表現を表す概念だ。
とくに働きながら性別を移行するトランスジェンダー社員への対応やサポートを進めていくことを考えると、性表現も含めて保護の対象として規定することが重要になってくる。(性表現も含めたときの略語は「SOGIE(ソジー)」となる。)
社内規程の中に「性的指向」「性自認」「性表現」による差別禁止を盛り込み、経営トップのメッセージとして、ダイバーシティの柱の中にLGBTに関することも含めて取り組みを進めていくこと、LGBTも働きやすい職場環境を整えていくことを社内外に発信すると、全社的な動きであるという認識の共有が広がる。
LGBT社員にとっては、何か困ったときのよりどころになるし、働く上での安心感を高めてくれる要素になる。
もちろん、規程に入れただけで何も社内で啓発をしなければ、規程に盛り込んだ意味がない。LGBT社員が抱えがちな、職場での特有の困りごとについて知ったり、性的指向・性自認・性表現によって差別をしないとは具体的にどういうことを指すのかなどについて学んだりする研修の機会が必要だ。
管理職研修、ダイバーシティ研修や新人研修などの内容の一部として、しっかりと継続的に意識改革を行ってほしい。規程の変更をきっかけとして、職場の空気をLGBTフレンドリーなものに変えていくことができる。
《STEP3》ハラスメント対策に盛り込む
「あの人こっち系なんだって(笑)」
「おまえホモなの? おれのこと襲うなよ」
「女なのになんでスカートはかないの? おかしくない? もっと女らしくしなきゃダメだよ」
たとえばこんな会話を職場で聞いたことはないだろうか? いわゆる「ホモネタ」など、性的指向・性自認をからかったり笑ったり、あるいはこれを理由としていじめたりする言動に、「SOGIハラ(ソジハラ)」という名前がついたのは2017年のことだ。新しいハラスメントとして少しずつ認知が広がっている。
職場のハラスメント対策の一環として、SOGIハラも含めた社内啓発や、相談窓口での対応体制を整えることは、とくにカミングアウトしていない社員から望まれる対応だ。もしカミングアウトが温かく受け入れられて、その人のSOGIが尊重されていれば、SOGIハラは起こりにくいからだ。
厚生労働省の「モデル就業規則」の今年1月の改正にも、「性的指向・性自認に関するハラスメントの禁止」(=SOGIハラの禁止)が追加されているので下記を参照してほしい。モデル就業規則に入ったということは、日本中の職場でこれを盛り込むことがスタンダードになったことを意味すると言っていい。そのくらい、これまで企業内の日常会話の中で、ハラスメントに相当する言動が頻繁に起こっていたと考えられる。
(その他あらゆるハラスメントの禁止)
第15条 第12条から前条までに規定するもののほか、性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるあらゆるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。
日本労働組合総連合会(連合)が公開しているLGBT/SOGIに関するチラシは、A4で2枚にコンパクトに情報がまとまっていて、啓発に使いやすい資料だ。
《STEP4》アライ(LGBTの味方)を増やす
LGBTの社員がカミングアウトをしても、しなくても安心して働ける職場環境づくりは、一朝一夕にはできない。意識改革にはそれなりの時間がかかるものだ。男女雇用機会均等法が1985年に制定されてから、すでに30年以上たつが、女性であるというだけで生じる働きづらさはまだまだ残っている。企業のLGBTへの取り組みが本格化し始めてからまだ数年しかたっていない。中長期的な視点で、LGBT/SOGIに関する風土の改善に取り組んでほしい。
その際にキーとなってくるのが、LGBTの課題を自分ごととして解決していこうという想いを持ち、行動する「アライ」の存在だ。英語のAlly/Alliance(同盟)を語源とし、LGBTにとっての味方という意味で使われる。こうした施策を取り入れた企業があることを紹介し、有志の社員を募るなど、自主性を尊重して意識を喚起する方法もある。
不利益や偏見をおそれて職場で本来の自分をさらけ出すことが難しい多くのLGBT社員にとって、職場にアライを表明している人が増えていけば、それだけ安心感が増していく。アライであることを示すためのステッカーなどのツールを作る取り組みも進んでいる。
上はLGBTに取り組む企業が作成したALLYの資料。下はトロワ・クルールで作成しているアライステッカー。6色のレインボーはLGBTのシンボルとして世界中で使われている。
LGBTの存在も課題も潜在化している場合が多い現状で、「LGBTが何か困ったときには、助けたいと思っているから声をかけてください」という気持ちの表明として、アライステッカーをデスクや社員証など職場で見えるところに貼るだけでも、課題解決のアクションとなる。
数字は一つの目安でしかないが、たとえば、アライの役割をしっかりと理解した上で、そこにコミットしてアライを表明する社員が全体の30%を超えると、だいぶ職場の空気がLGBTフレンドリーなものに変わっているだろう。
「アライを表明する」と聞いて、何か特別なことをしなければいけないのではないかとか、SOGIハラをしないつもりでも、もしかしたら知らずに傷つけてしまうこともあるかもしれないから、アライステッカーを貼るのはためらう、という声も聞く。
しかし、まずは寄り添う気持ちやコミュニケーションが大切だ。LGBT/SOGIに関する課題が職場の中で可視化されるようになってきたのは最近のこと。もし気をつけていても間違ってしまったら、素直に「ごめんなさい」と伝え、改善していけばいいと思う。それくらいの気軽な気持ちで、だが課題解決の意志を持って、アライであることを示す人が増えていくことを期待している。
アライとしての行動には、たとえば、アライステッカーを貼る、LGBTに関する前向きな情報をシェアする、LGBTやアライについて職場内で話してアライを増やす、SOGIハラを見かけたら注意をするなどが挙げられる。いずれもハードルを上げずに、身近にできる小さなことから始めてほしい。
LGBT対応は上記で説明した以外にも、採用での配慮、人事制度の改定(同性パートナーを福利厚生に含める、トランスジェンダー対応)、LGBTコミュニティの支援やサービスの見直しなど多岐にわたる。自社の風土や業種に合わせて、着手しやすいところから少しずつ、かつ継続的に取り組みを進めていくことで、企業価値を上げていくことができるのだ。
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