パラリンピックの成功は国民にプライドをもたらす

東京には何を「リレー」したいですか?

ブルック氏:「やるんだ!」と。ただただ、がんばれ、と伝えたいです。「受け入れてもらえるか」などと心配しないことです。人々には必ず愛されます。見せてやるのです。そして、「自信を持ち、大胆に」何よりもそう伝えたいのです。断言しましょう。東京大会は、必ず成功します。

2012年大会のキャッチ・ワードであった「インスパイア」という言葉をNHKの番組では「魂に火を灯す」と訳しました。チャンネル4は、人々の魂に火をつけたと感じますか、また、ご自身の魂にも、火は灯りましたか?

ブルック氏:はい。皆が我々にそう言います。視聴者から驚くべき反応が返ってきました。パラリンピック放送は、英国に多大なプライドをもたらしたのです。我々はなんと革新的な国なのだ、と思えた。これが継続され、リオでは更に進化した。英国では、パラリンピアンはスポーツ以外での露出が全くありませんでしたが、現在ではエンタメ番組で、彼らのインタビューを見ることができます。それは素晴らしいことですが、もっと頻度を増やさねばなりません。これからのチャレンジはそこだと思います。

 私自身は、自社もパラリンピックも、私たちが起こせる影響も、アスリートのことも、愛しています。忘れてはならないのは、競技者たちなしにこの全てが成し得なかったということです。彼らの多くは日々雨の中でも練習し、生活も大変です。私たちが行ったことは、彼らが時々、スーパーヒーローになれる舞台を作ったこと。私の25年間のキャリアで成し遂げた、最高のことでした。魂に火が灯る以上のことです。これは、制作に携わった全ての人に通じると思います。

世界は今、おかしな方向に向かっている気がしてなりません。障害者をテレビで公然とバカにするような人間が、世界で最も力のある、米大統領に選出されました。「スーパーヒューマン」CMのフレーズの一つに「It's time to do battle(戦いの時は来た)」とありましたが、このような潮流に、これからどう「戦い」を挑みますか?

ブルック氏:世界が向かっている方向には感心しませんし、正直、アングロサクソンの世界でこれが起こっているようで、ゾッとします。おっしゃる通り、世界で最も力を持っている人間が、障害者を揶揄することは、まったく容認できず、絶対に許せません。あのような見解を持つ人が大統領に選出されるなど、驚愕します。

 ただ、若者からは、完全に異なる意見が聞かれます。彼らには、多様性や平等性、公平性を尊ぶ、よりオープンな心があります。若い人たちも年齢を重ねますが、根本的な考えを変えることはないでしょう。年をとるごとに保守的にはなるかもしれませんが、私が期待しているのは、これは「恐竜の尻尾が暴れている」、つまり、白人男性社会が支配していた頃の、過去の遺物にしがみついている現象であり、今20代の若者が20年、30年後、同じようなことを言う人間を(国のトップに)選出するようなことはないと考えています。

チャンネル4は戦い続けますか?

ブルック氏:当然です。それが当社の魂、私たちを形成するものです。戦わずに、文明を退化させるわけにはいきません。我々は世界のほんの一部ですが、多様性のために、多少「他と違う」人たちのために、全てのエネルギーを投じて戦い続けます。

 ある人物が他者について、自分の力では変えられない部分を揶揄するような、「格下の存在」と位置づけるような世界では、放送を通じて、人々に楽しんでもらえません。私が生まれつきの障害者だったら、それをどうすれば良いというのでしょうか。肌の色も、変えられません。信じる宗教は変えることができるかもしれませんが、多くの人にとって、それは共に育ってきたものです。個人の力ではどうしようもできない事柄について差別をするのは、誤りです。容認できません。

放送局にはそれを伝える義務があると?

ブルック氏:その通りです。平等、多様性の価値を擁護し、なぜ「違い」が良いことであるかを人々に伝え、教育すること。「違い」こそが、世界を前進させ、成功させるのです。それを祝いこそすれ、敵視すべきではありません。

 実は筆者も、ロンドン大会から4年たった現在でも、壁に突き当たると「スーパーヒューマン」のCMを見てしまうことがある。ブルック氏の回答にあったように、「自分は一体、何をやっているのか」と、必ず勇気付けられる。数多くの英国の視聴者も同じ思いを抱いたことを聞いて、納得がいった。それは、障害者アスリートに対する過剰な賞賛でも無意味な憐れみでもなく、同じ人間として、どんな困難に直面しても、進み続ける強さに圧倒される気持ちなのだろう。

 取材をした障害者の中には、チャンネル4の掲げた「スーパーヒューマン」というコンセプトが、パラリンピアンたちの様に「偉業を成し遂げている人たち」と、そうでない人たちの間に壁を作ってしまったのではないかと懸念する人もいた。確かに、そうした懸念が生じるくらい、インパクトが強かったことは否めない。しかし、パラリンピック以前は英国にも障害者差別が横行し、障害者が社会の片隅で肩身の狭い思いをしながら暮らさざるを得ない状況があったとすれば、「スーパーヒューマン」が成し遂げた、英国民の障害に対する、意識の変化への貢献は、賞賛に価する。