巨大なオブジェは滑り台に改修し人気アトラクションに

東京に「リレー」したいレガシーはありますか?

ブリッケル氏:この4年の間に、東京の人々が魂に火を灯すことができたら最高だと思います。これは、誰かのリーダーシップなしにはできないことです。政治家でなくても良いのです。ロンドン大会のもともとの概念は、ある個人が草の根グループで活動を始め、政治家がこれに追随しました。火を灯すのに政治的リーダーを待つ必要はありません。自分たちで火を起こして、彼らに飛び火すれば良い。魂に火を灯すのは、トップダウンでなくても良いのです。

 現在ここで働く「パークチャンピオン」と呼ばれるボランティアたちは、五輪パークで、体の自由が利かず、ゆっくりとしか動けない人たちのためにバギーを運行し、案内もしています。パークを愛し、情熱を燃やしている彼らは、大会を通じて生まれたボランティアたちです。

 また、パラリンピックは英国社会において、障害や障害者に対する意識を変えた、なんと素晴らしい契機だったことか。パラリンピックからインスパイアされた「グローバル・ディスアビリティ・イノベーション・ハブ」では、例えば、障害者の人たち向けに、既存のものではない自分たちなりの車椅子を、デジタルデザインや3Dプリントでオーダーメイドできるようにしたり、また、義手や義足をつけているひと向けには、どうやって「クールな」義手や義足を作るか、という研究を行ったりしています。病院で提供されたから装着しなくてはならないもの、という概念を、ファッション・ステートメントに変えているのです。

 これらのことは、政治家に「こうしろ」と言われる必要が全くないことでした。人々が「私の住む社会、人生において、どんな意味があるのか。自分が起こす行動をどう変えれば良いのか」ということを考えた結果です。このことを、東京にリレーしたいと思います。この「インスパイア」のチャンスを逃せば、もうそこまでです。今が、その時なのです。

 ギリシャ神話のカイロスは、五輪と関わりが深く、名前は「時間」を意味しますが、「輝ける瞬間」とも訳すことができます。カイロスは「チャンスの神」で、もとの五輪スタジアムの前に銅像がそびえています。カイロスがあなたに向かって走ってきたならば、即座にその前髪を掴まなければ、チャンスは通りすぎてしまう。

 これが五輪のテーマです。五輪スピリットの深いところには、チャンスを見極め、そこにあるうちにそれを掴む、というもの。ロンドンでも政治家の小競り合いは存在しましたが、大会の意味を吟味し、チャンスを掴み続け、歩みを止めることはしませんでした。これは、ギリシャからロンドンへ、そして東京へ、脈々と受け継がれるべき大切なものでしょう。

大会は全ての人のもの、という事でしょうか?

ブリッケル氏:五輪は皆のものです。世界最速の走者に、最強の重量挙げ選手になりたければ、それができると信じ、厳しい練習をし、チャンスを掴まなければならない。誰もそれを代わりにやってはくれない。これこそが、世代を越えて受け継がれる五輪のメッセージだと思います。オリンピック・パラリンピックはチャンスです。そのチャンスがやってきたら、政治家やビジネスマンがチャンスを掴んでいない、と不満を言うのではなく、そのチャンスを自分の手で掴むべきだと思います。

 冒頭で紹介した旧メインスタジアム(注:現・プレミアリーグ・ウェストハムのホームスタジアムでもある)の隣にそびえる巨大オブジェ。往々にしてこうした建造物は、大会後はただそこに建っているだけの「ホワイト・エレファント(無用の長物)」になりかねないが、前ロンドン市長の掛け声のもと巨大な滑り台に改修され、現在、立派なアトラクションとして成り立っている。

 取材中、この「巨大滑り台」を案内してくれたのは、地元出身・20代の広報担当者だ。立ち話の際「五輪がここに来て、この地域に雇用を作ってくれた」と、誇らしく語った笑顔が印象的であった。東部地区には昔から移民が多く、この広報担当者も黒人だった。

 一方で、再開発により建てられた、巨大なショッピングモールや新興住宅の影響で地域の価格が高騰し、従来ここに暮らして来た、生活水準のそう高くはない人たちの居場所がなくなってしまった、との批判もある。それでも、この地域一帯が大会前に比べ一変したことに、異議を唱えるひとは少ないのではないかと推察する。

 五輪のチャンスを生かすも殺すも、開催地に暮らす人々の姿勢と知恵、そして、思いついたアイディアを臨機応変に実現する実行力、また、「参加したい」と感じたら、職を変えてでも大会に関わろうと言う柔軟性、と言えるのかもしれない。