こうしたキャンペーンの最大の罪は、勝つためならなりふり構わず人々の悪感情を煽り、その高揚感に乗せた票を勝ち取る戦術だ。こうした戦術家や暴言を利用する人間や企業には、目的が達成された後、憎悪を煽ってきたことが社会に及ぼす影響など、お構い無しである。筆者の元へは米国在住の、移民のみならず白人の友人らからトランプ氏の勝利に「いったい子供たちになんと言って説明すれば良いのかわからない」という、途方にくれたメッセージが届き続けている。

 憎悪の垂れ流しは、特に若い世代や子供たちに、大人による、弱い立場にいる人たちへの暴言や暴力を容認する社会の有り様を示してしまうことにほかならない。離脱支持者が圧倒的多数派だった街で取材中に、12~13歳の少年たちが東欧系移民に関して「リトアニア人とかポーランド人なんか、悪い奴らだ」と、口汚く罵っていた姿に言葉を失った。いったい家庭でどんな言葉が飛び交っているのか、この子たちはどんな大人に育っていくのかと、暗たんとした気持ちになった。

 昨今、大国で相次いで、憎悪を容認するような大人が「勝利」していく様を見せつけられていた子供たちのために、世界の大手玩具メーカーが憎悪を煽るタブロイド紙に「NO」の態度を突き付けたことは、極めて重要だ。また、憎悪に対し暴力や暴言で対抗するのではなく、一消費者、一市民として企業に異を唱えることが無駄な行為ではないと証明したことも賞賛に値する。

 今年のクリスマスには商品の優良さもさることながら、会社の信条を知ることで、子供にレゴを買い与えることをためらわずにすむ大人が、英国では増えそうである。デイリー・メールとの協力停止の発表を伝えた同社のツイートには、ツイートから7時間後までに4万以上の「いいね!」がついた。

 同社の企業責任を記すウェブページには「すべての子どもには楽しくクリエイティブで、魅力的な遊びの体験をする権利がある。遊ぶことで子供たちは学ぶものであり、遊びは必須である。遊びの体験を提供する者として、我々は自らの行動において、すべての子供とステークホルダー、社会と環境に責任をもたなければならない」とある。子供を憎悪に満ちた言葉から守ることは、企業の社会的責任を果たしていることになる。

 筆者は数年前、レゴ本社のあるデンマークの都市ビルンで、CEO(最高経営責任者)のクヌッドストープ氏にインタビューしたことがある。たまたま、友人の子供がダウン症であることがわかった時期であり、取材の空き時間、ふと広報担当者に、レゴで遊ぶことのダウン症児への好影響について聞いてみたところ、単なる立ち話のつもりが、後日、レゴが独自に行っていた、関連の分厚い調査資料が送られてきた。会社を見るときには広報担当者を良く見ろ、とは記者仲間が以前言っていたことだが、広報の対応を見て、売り上げだけではなく、子供と玩具の関係性を真摯に考えている会社である印象が、当時強く残った。

 憎悪が勝利したかのような米大統領選やEU離脱の結果を受け、米国でも、ここ英国でも、悲嘆にくれる大人たちが少なくない。しかし、たとえレゴのような事例は稀であっても、手紙を書いた父親のように、憎悪を煽るような新聞は買わない、広告主に異を唱える、レゴのような会社を購買で支えるなど、一消費者にもできることは、まだまだあるはずだ。

 言論の自由はあくまでも「公共の福祉に貢献すべき」ものであり、これを盾に憎悪をばらまくことは許し難い。「売るため」に短絡的な憎悪というカンフル剤に頼る同業他社を横目に、何を書き、どう信条を貫くのか。メディアに携わる当事者として、また、社会を構成する一人の大人として、襟を正し続けたい。