何もないが「安全」という偉大なものを手に入れた

希望を失わずに生き続ける原動力は何ですか。

ハドグ氏:人生をありのままに受け入れることです。障害を持ち、車椅子の生活を送る人でも、幸せな人もいます。お金や資産だけが大切なのではない。健康で、動けること。このことが私を救ってくれました。

 とにかくもう何もなくなって、どうやって生き残れば良いのかと、心が動揺するときは、一つだけ自問することにしています。

 2010年1月1日、安全にスーダンへ国境を越えたとき、あの時、私はとても幸せでした。その気持ちを持続しなければならない。その頃、何も持ってはいなかった、どうなるかも分からなかった。でも、安全という、偉大なものを手に入れました。そう言い聞かせると、気持ちが落ち着くのです。

日本がエリトリアから学べること

日本では、特定秘密保護法などによって、報道の自由が危うくなるのではないかという懸念が持たれています。ご自身の体験から、言論の自由が損なわれることは、どのくらい危惧しなければならないことだと感じますか?

ハドグ氏:言論の自由、または表現の自由が失われることは、致命的なことだと思います。民主主義のある社会において、腐敗的な行動を、手に負えない事態になる前に、早期に防ぐことを助ける有効なメカニズムだからです。メディアは当局者や権力を写す鏡であり、国民のあずかり知らぬところで秘密裏に行動することを許さない、重要なツールです。

 エリトリアと日本のシステムは異なります。エリトリアには政府構造がありません。日本にはまだ議会と強い民主主義が存在するのですから、(言論統制を)阻止できると思っています。

日本では昨今、表現の自由があまり重視されないようになってきているようにも感じます。

ハドグ氏:それは危険なことです。民主主義には良い法律(システム)がありますが、市民の政治への関心が低く、物事がどう動いているかに興味がないという状況では、一部の政治家が表現の自由を制限するように法律の改正を進めてしまうかもしれません。

 政治家がそうした法案を提出しても、(表現の自由への)認識が低ければ、法案が通ってしまいます。本来であれば、反対して阻止することができるのに、法案が通って初めて人々は(ことの重大さに)気づくのです。リスクはそこにあります。

日本がエリトリアの現状を改善するためにできることはありますか。

ハドグ氏:日本は安定した民主主義国家です。経済大国でもあり、エリトリアにとっても重要な国の一つです。エリトリアで問題が起こるたび、日本がエリトリアの政府ではなく、エリトリアの人々に寄り添ってくれることを、願っています。