国際社会はエリトリアを無視している

2007年の収監の後、ハドグさんは首都アスマラで身を隠しながら、自らの体験について、14ページにおよぶ初めてのリポートを書いた。ライターになったのはこうした経緯だ。ハドグさんはこのリポートを、当時はまだ普及していなかった、数少ないインターネットの拠点を通じ、英国や米国など、エリトリアに政治的な影響力を持つ国の大使館や人権団体など、30カ所近くに発信した。返事があったのはアムネスティ・インターナショナルと、エリトリアの小さな人権団体だけだった。

ハドグ氏:身の安全を守るため、ペンネームと、ペンアカウントを用いてコミュニケーションをとっていました。リスクは当然ありました。リポートを受け取った団体から「出版しても良いのか」と聞かれましたが「そのために書いたのです、ぜひ出版してほしい」と伝えました。次の日一部がある人権団体のウェブサイトに掲載されました。

 その後、2010年初めにエリトリアを脱出するまで、国内で執筆を続けました。こうして、人権関連のライターになったのです。人権だけでなく政治や歴史、社会問題などについても書きますが、主に人権関連です。ライター以外には、人権活動をしています。

国際社会は事態打開に向け尽力していると思いますか。もしくは、国際社会から取り残されたように感じますか。

ハドグ氏:私も含め、国民は皆、国際社会がこのような非道を放っておくとは思っていませんでした。エリトリア政府の要人の半分が2001年に逮捕され、現在も彼らの所在すら分かっていません。一度も法廷に出廷することもなく、起訴もされていません。私は無名の一市民ですが、(逮捕された)かつての外務大臣などは、世界でも知られた人々です。彼らが救われなかったとしたら、何もしない国際社会が「敗北」したのだと認めざるを得ません。

 2回目に逮捕された2002年当時を振り返っても、こんなことが続けば、国際社会からの圧力が強まり、政府は行動を余儀なくされると思っていました。ところが、この状態が続き、無数の人たちが殺されたり拷問されたりすることが普通になってしまいました。だいたいの状況は知られていても、拷問などがどのようにシステム化されているか、国際社会は詳細を知りません。

 政治的、経済的利益が優先されているということです。私たちは、取り残されてしまっています。国際社会が助けてくれるなどとは、(もう)全く思っていません。私たちは自分たちしかよりどころがなく、他者からの助けを期待することは、無駄だと感じています。

エリトリア国内に残るという選択肢はなかったのでしょうか。

ハドグ氏:エリトリアは特殊な国で「アフリカの北朝鮮」と呼ばれることもあります。私個人は、北朝鮮はエリトリアよりもましだと感じています。エリトリアは全国民が奴隷化しています。全ての人が防衛省の管轄下に置かれています。高校3年生になると、軍での訓練が義務付けられています。唯一の大学は閉鎖されました。軍が管轄するカレッジが開校され、軍と同様の組織、つまり小隊や中隊などが存在し、教育は軍国化しています。一般市民は軍に入隊するか、農民になるか、省庁に割り振られるかですが、賃金は支払われません。

 人々をコントロールする目的で、拷問が行われます。休暇も満足に取れず、故郷が遠いものは、5年間も休みもなく帰郷することもできません。家族も持てずビジネスを始めることもできず、教育も受けられず、人生が台無しになってしまいます。こんなことで、まともな生活が営めるでしょうか。

 普通の市民として政治にも興味がなく、ただ農業を営み家族を作りたいという願いすら、かなうことはありません。人生を営むどころか、拷問されるのです。そんな状況に暮らしたいと思いますか。

 こんな状況が長く続けば、ストレスがたまり、冷静な判断をする能力も失われていきます。唯一の選択肢は、危険を冒して国を去ること。私が国境にたどり着いたとき、11の検問所があり、移動許可書を見せなければなりませんでしたが、持っていなかった私は、係官に袖の下をつかませるしかありませんでした。人々はこの大きなリスクを負うのです。

 私の試算では、亡命を試みた人の半数が捕えられ、収容所で拷問を受けています。銃殺されるものもいます。砂漠をこえ地中海を渡るルートを通ってくる人たちは、非常な苦しみや拷問を味わい、ストレスも、トラウマも、最悪のレベルです。

なぜ、ご自身の生命の危険を冒してまで、国外から報道し続けるのですか。

ハドグ氏:刑務所にいた頃、沈黙はしないと誓いました。たとえ釈放されたとしても、政権は私を脅したり、黙らせたりしようとしたでしょう。安全上のリスクは当然あります。けれど、皆が黙ってしまうことこそ、彼らの望み通りです。

 脱出した国民の数は膨大で、教育水準やスキルの面でも、国にとってベストな人々です。国外のエリトリア人が少しでも危険を冒すことを厭わなければ、私自身が変化を起こせるかどうかは別にして、未だに秘密の地下壕に捕らえられている人たちの声となることができます。彼らの苦しみを伝えていると、私自身、実感したいのです。

混乱の中のエリトリアしか知らないとおっしゃいましたが、ハドグさんの夢みるエリトリアは、どんなところですか。

ハドグ氏:自由な、そして、まず何よりも普通の人生を送ることのできる国を夢見ています。家族や母親がいて、子供を育てる。大きくなったら家族を養い、結婚の準備をする。教育も受けられる。普通の人生、普通の日常のある生活。これが一つ。もう一つは、法律があり、人々が守られ安心できる国。民主主義があり、人権が守られ、教育、雇用の機会があり、技術も進む。これが私の夢みるエリトリアの姿です。

望郷の念にかられることはありますか?

ハドグ氏:もちろんです。生まれ育った土地、友人や家族、親戚などから離れれば、ゼロから再スタートをし直さなければなりません。異国の文化や言語、宗教、民族、こうしたことに適応しなければなりません。受け入れられるのか、差別されるのか、分かりません。移住は、どうしようもない、最後の手段です。寂しく思っています。

エリトリアを想う時はどんな気持ちを感じますか?

ハドグ氏:悲しみです。今となっては、政権が崩壊するか変わるのを待つしかありません。あまりに長くこの状況が続き、社会に癒しがたい大きな爪痕を残してしまいました。1991年の政権発足時、正しい方向へ行かせるチャンスはありました。でも、今やすべて台無しになり、状況は悪化した。崩壊した社会や経済を立て直すのは、難しいことです。