テロ対策を早期に講じること自体は誤りではない。しかし、このタイミングでの首相の発言としては、不条理な攻撃に傷付いた直後の国民感情に寄り添う内容とは言い難い。同日「(労働党の)支持率が急上昇しているが」と質問したBBC記者に対し、コービン労働党党首がぴしゃりと「今は支持率について言及しない。今日は犠牲者に想いを馳せる」と返したのとは対照的であった。

 ロンドン市長で労働党のサディク・カーン氏も短い声明の中で「まだ全ての詳細は分からない。しかし、これは土曜の夜を楽しんでいた、何の罪もないロンドン市民や観光客を故意に狙った卑怯な襲撃だ。私は最も強い表現でこれを非難する。こんな野蛮な行為に正当性は一切ない」と率直な怒りをあらわにし、被害を受けた人々や、不安に駆られた市民の心情に寄り添った。

 メイ首相からは投票3日前にも「人権に関する法律を変えてでも(テロ対策を)」と、人権を無視するかのような発言まで飛び出した。世論調査で猛追していた労働党に焦りを感じたのか、去年EU離脱を煽った保守党の同僚、ボリス・ジョンソン議員やトランプ米大統領のごとく、この時の首相は、さながら人々の不安を煽って支持率上昇を目指す「遅れてきたポピュリスト」の様であった。

若者層の心をとらえた労働党

 他方、労働党巻き返しの背景には、若者世代の有権者による投票率の増加とも言われている。全体の投票率は7割弱と、1997年以来最高とはいえ、前回よりも2%ほどの増加で、急伸した訳ではない。開票後ツイッターなどに出回った「18~25歳の若者層の投票率が72%に」との情報は、BBCなど複数のメディアにより信頼に足るとみなされず未確認である。英調査会社イプソスは選挙後、投票傾向の集計には1週間程度かかるとツイートしている。

 ガーディアン紙は音楽誌NMEが1000人余りに行った出口調査を引用している。これによると、18~24歳の年齢層では53%が投票し、前回比は12%増。さらに18~34歳の有権者のうち6割が労働党に投票したとされている。

 テレビのインタビューなどに答えていた若者層は、労働党が大学授業料の廃止や、高騰し続ける住宅価格問題に対処すべく、低所得層向けの公営住宅を増やすことなどを公約に掲げ、身近な問題の改善を約束したことを、野党支持の理由に挙げた。

 ソーシャルメディアを主な情報源として活用する18~24歳の世代からは、もう一つ興味深い声も聞こえてきた。去年のEU離脱を問う国民投票の際に、反移民のレトリックで離脱への機運を高めたと言われる右派の大衆紙を一切信用しなかったというのだ。むしろ、ソーシャルメディアなどで台頭している“オルタナメディア”(既存の主流メディアではないメディア)などから独自に情報を集めたり、労働党のマニフェストを熟読したりして、一票を投じる対象を判断したという。

 大衆紙の見出しは次のようなものだった。敵と見なした陣営を虚偽の情報でも厭わずに利用し、反感をあおるのがお家芸の大手タブロイド紙デーリー・メールは投票日前日、コービン党首を「テロリスト擁護派」とする大見出しの下、13ページに及ぶ特集記事を組んだ。また、大衆紙ザ・サンは同日、一面見出しに「(コービンの)ジハーディストの盟友達」と打った。

 長く反戦活動家として知られてきたコービン氏は、5月にマンチェスターで起きた自爆テロ後、英国の他国に対する軍事介入が、国内でのテロに関連すると発言し、与党や保守系メディアなどから痛烈な批判を受けた。こうした背景を考慮しても、コービン氏が自爆テロリスト支持者だとの主張は、言いがかりである。

 このなりふり構わぬ大衆紙の扇動記事を、若者の多くはスルーした。ガーディアン紙はコラムで次のように皮肉った。

 「こうした大衆紙が空気を読めていない(out of touchである)こと、そして、それらの容赦ない否定的な見解に人々が共鳴しなかったことは、特筆すべきことだ。こうした大衆紙は政府のフィクサーでもなく(中略)ブツブツ独り言をわめきながら憎悪を売る、奇妙で怒りに満ちた者たちにすぎない。ようやく私たちは『無視するのがベストね』と本気で言い合うことができるようになる」