食事を共にすれば見えない壁を崩すことができる

 祖国の現状に、時には絶望を感じていたアルグファリさんだが、シリアン・キッチンで故郷の生活を思い起こし、未来に希望をつないでいる。「まだ、生きている者たちがいる。シリアが地上から消し去られた訳ではありません。外国にいても、私たちの文化の軌跡を象徴する存在でい続けられます。日本やドイツも、第二次大戦で破壊されましたが、今や経済的に豊かな大国として存在しています。人さえ残っていれば、国は再生できる。そう考えると活力が湧いてきて、もう一度シリアを再建できるという希望が溢れてきます」という。

 グリューネヴァルド牧師にとって、アルグファリさんとの交流が、シリア難民の現状を直に知る大事な機会になったと言う。「多くの時間を共に過ごすことで、シリアの人々の気持ちや心を知ることができ、私自身、心が揺り動かされました。彼の人生や、彼の立場に立って、物事を見てみたのです。シリアの現状が引き起こす心の痛みを完全に理解することはできませんが、その一端を垣間見ることはできます」と語った。

 EU離脱やトランプ大統領誕生など、英国や米国を取り巻く分断の空気に、シリアン・キッチンはどう貢献していくのか、との問いに、グリューネヴァルド牧師は2つのキーワードをあげた。一つは「人間愛」であり、宗教や民族性の違いに関係なく、互いを同じ人間として尊重すること。もう一つは「食」である。異なる人々が腹を空かせた者同士、食卓を共にすること。このことこそが、互いの間にある見えない壁を壊すのだという。

 「同じ食卓でイスラム教徒の友人を作り、彼らからイスラム教、またシリアのしきたりについて学ぶ。お返しに、キリスト教や、英国のことを教えられることが、互いの人生を豊かにします。また、シリアやイスラム教徒の人たちに、自分たちと同化してもらってから彼らを好ましく思うのではなく、彼らをありのままに尊重する。こうした経験が、私たちを謙虚にもするでしょう。世界が分断や憎悪、戦争に満ちているばかりではないことを示してくれます」

 「私たちの暮らす社会や世界で分断を乗り越えるには、融和や友情が培える場を作ることです。人々がより多くこうした経験を得ることで、考えは変わっていくでしょう。宗教に関係なく、互いについて学び、人間として尊重することが『欧州連合から離脱しよう!互いを分断させよう!』とした主張と戦うための、極めて有効な手段となるでしょう」(グリューネヴァルド牧師)

 その欧州連合離脱をめぐる論争では、去年、離脱派が難民排除の機運を躍起になって煽ったため、イスラモフォビア(イスラム恐怖症)がここ英国でも再燃し、イスラム教徒の人たちを深く傷つけてきたと、グリューネヴァルド牧師は見ている。先に記したバスの乗車拒否が、イスラモフォビアの一例だ。キリスト教徒だからといってその状況に手をこまねくのではなく、敢然と立ち向かうことも、自分たちの使命だと言う。

 「この街や世界で起こるイスラモフォビアや疑念、恐れなどに起因するニュースに触れるたび、失望することもしばしばです。でも、できる限りのことを行い、他では受け入れられなくても、この教会では歓迎されると感じてもらえる場を作っていきます。こうして、さざ波のように、少しずつ広がっていると感じます。キリスト教徒はキリスト教徒、イスラム教徒はイスラム教徒のことだけ心配すれば良いという考えもあるでしょうが、それこそが問題そのものなのです」と、グリューネヴァルド牧師は語った。

 教会に集う人たちの中には、当初見慣れない料理の数々に、戸惑いを見せる人もいたという。それでも毎週教会に通い続け、多くの地元民がシリア難民に共感し、料理を食べ支援を続けている。

 先月ロンドンで起きたテロ事件の影響はあるのかと牧師に聞くと「恐ろしかった。でも、シリアン・キッチンが、文化や宗教の違いを乗り越えて友情を築くことこそ、自分たちにとっての『常識』なのだと再認識させてくれた。このコミュニティは多様性こそが力であり、団結をより一層強くした。つまり、誰かがイスラモフォビアの犠牲となったときは、イスラム教徒もその他の隣人も、皆が共にそれに立ち向かうということだ」と返信してくれた。

 過激派のテロを「イスラム対キリスト教」という、作為的な構図で煽る潮流に飲み込まれることなく、隣人同士の融和を象徴するシリアン・キッチンが日々分断と戦い続ける姿を、今後も見守り続けたい。

日本もシリア難民を「留学生」として受け入れる

 取材を終えると、筆者が日本人であることから「これまで接する機会の少なかった日本の人が興味を持ってくれたことが嬉しかった、ありがとう」と声をかけてくれた人たちがいた。日本ではシリア難民の受け入れ数が欧米諸国に比べ極端に少なく、胸が痛むことを伝えると、「言葉や文化の壁があるのだから、仕方ないわ」と、逆に慰められた。

 在英NGO「シリア人権監視団」が先月発表した内戦開始以来の死者は、6年間で32万人以上に達している。うち民間人は10万人近くで、18歳以下の子供の死者は1万7000人以上と記録されている。難民として490万人以上が国外に逃れたという。内戦終結の兆しも見えず、難民の数がすぐには減らない現状が、日本を含む国際社会に突きつけられる。

 難民支援は様々な形で可能であり、まず何よりも現状を知ることが、支援の第一歩ではないかと筆者は考えている。紛争が始まってから、日本が受け入れたシリア難民の数は6人。一方、ドイツは11万6000人にもなる(2015年末)。日本が今すぐ、多くの難民を受け入れるのは、社会的にも制度的にも体制が整っておらず、難しい。だが、日本にも、今後5年間で留学生として最大150人、家族を含めると300人規模で受け入れる計画がある。3年後に迫った東京五輪には、シリア人を含む「難民選手団」も参加するかもしれない。

 難民について知ることは、日本に受け入れられた人たちが社会で孤立しない素地を作ることに繋がる。そして、五輪という世界的な舞台において、難民支援の担い手として「日本人だって、ここにいるぞ!」と、胸を張って言えるようになる。それこそが、日本が世界各地で生じている社会的分断を乗り越える手助けをする、最初のステップとなり得るのではないだろうか。