五輪にインスパイされた人たちの願いがNPOを生み出した

 大会開催100日前、ロンドン大会組織委員会は大会スローガンを「インスパイア・ア・ジェネレーション(世代を感化する)」と定めた。組織委員会会長を務めたセバスチャン・コー氏は英インディペンデント紙とのインタビューで、暴動が発生した1年前と、五輪開催に成功したロンドンを比較し、「1年前のロンドンは、変わり果てた姿のロンドンだった。しかし今は、本来のロンドンを世界が見てくれることを、大変嬉しく思い、そして安堵もしている」と述べた。

 ロンドン大会の遺産=レガシーには、ボランティア活動の推進(ボランティア編)、貧困層の多く暮らしていたロンドン東部地区の再開発(地域開発編)、パラリンピックによる障害者に対する見識の改善(テレビ局編)などがある。その当時、人々が感じた高揚感や幸福感については、これらや前項をご覧頂きたい。スピリットが受け継ごうと試みているのは、こうした精神である。

 格差の拡大や若者による失望感、移民や障害者に対する偏見…。社会を分断するこうした要素を、五輪を契機に是正・改善し続け、社会につながりをもたらして「幸せ」を広げたい。スピリットが誕生したのは、そうした五輪にインスパイアされた人たちの強い願いがあったからだ。

 具体的な活動内容は、スポーツやアート、カルチャーに関連する慈善団体に資金を提供し、特にボランティア活動を支援すること。また、社会が障害者に対して持つ偏見や、障害者が自分たち自身に対して持つ意識を変え、彼らの社会参加を促すことも重視されている。

 スピリットが支援する団体の一つは、2012年に設立された「ユース・スポーツ・トラスト」だ。障害者と非障害者の若者たちを同じ数だけ同時に訓練し、スポーツ・フェスティバルや地域のメジャーなイベントの運営を、若者自身に任せてきた。

 障害を持つ若者たちのための映像制作プロジェクト「ビーコンヒル・アーツ」も支援先の一つ。撮影技術や脚本、演技などに携わる若者らの活動を支援した。

 さらに、若者たちの自主性・積極性を早くから養うことを目標に、スピリット自体の運営プロセスにも若者を登用している。「ユース・アドバイザリー・パネル」を作り、あえて重要な事案に関する意志決定を若者に託している。

 12人の若者で構成されるユース・アドバイザリー・パネルの役割は、支援する2つのプロジェクトに提供された10万ポンド(約1400万円)の使い方を、若者たち自らが決めることだった。同パネルの初代会長は貧困地域で育った黒人の若者だが、現在はスピリットでの経験を軸に活躍の場を広げている。

公的機関と協力し「幸せ」を測定する仕組みを構築

 スピリットのチーフ・エクゼクティブ、デビー・ライ氏によれば、「幸せに投資する」とは、アートや文化、スポーツ活動を通じ、分断されがちなコミュニティを融合させることだという。この融合こそが、人間の存在意義において必要不可欠であり、人々を幸せにするのだという。

 外部のコンサルタントや研究機関、国家統計局などと協力し、投資した効果として現れる「幸せ」の度合いを測定する「理論的枠組み」を構築した。各プロジェクトは、この枠組みの定義する「幸せ」に到達するためのプロセスと目標を、段階ごとに明確に設定しなければ、スピリットから資金提供や活動支援を得ることはできない。

 こうした活動を通じ、ロンドン、そして英国はより幸せになったのだろうか。ライ氏に聞いた。

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デビー・ライ氏(以下ライ氏):すべての英国人に幸せをもたらしたとは、個人的には言えません。しかし、プロジェクトの進行具合からいって、コミュニティのあちこちに、活動に携わったことで、より幸せになったところがあると言えると思います。

 私たちのプロジェクトの一つに、最も貧困の度合いが高い北ウェールズの地域で活動するものがあります。失業率が高く平均賃金は低い。そこに引退した、高齢者の女性がいます。仕事をしていたころ、彼女は多忙を極めていましたが、辞めて孤独感を感じるようになり、私たちのプロジェクトにボランティアとして参加するようになりました。

 彼女は「このプロジェクトに参加することが、コミュニティへの恩返しだと思っていた。でも、今は、私が投じている労力よりもはるかに大きな幸せを受け取っている」と語りました。他の人を助けるためにボランティアをしていたのに、実は自分を助けているのだと。

 また、15~16歳の若者たちが「障害者の人たちと話をする機会がこれまで全くなかった」と言い、障害者の人たちは「障害を持たない人たちと自分が一緒に何かをできるなんて、思ってもいなかった」と、語ったこともあります。このような変化は何度も起こり、プロジェクトに携わったことのある90%以上の人たちが、自分たち自身、そして様々なレベルの能力を持つ人たちに対する認識が、良い方向に変わったと言っています。

 (効果を測るため)統計学的に認められた測定方法を使用しています。人々の精神的、身体的健全性が、プロジェクトによって向上するかどうかを測るためのものです。そこに、肯定的な形跡を見ることができました。本来は交わることのない、異なるグループの人たちをつなげることで、社会的統合が改善されていることも分かりました。