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フェイスブックは他の産業から学ぶべき

 FBは他の産業から学ぶべきです。例えば、自動車業界はシートベルト設置について、コストがかかるため、「人々には選択の自由がある」「自動車事故が起こることを想起させ、売り上げに影響する」などと言って、長く拒み続けました。現在では標準装備されていますし、シートベルトなしに車に乗る人は誰もいません。

 シートベルトは自動車産業を傷つけてはいませんし、人々は自動車購入をやめてはいません。自動車は、シートベルトやエアバッグの装備によって、以前に比べ多少価格が上がっているかもしれません。しかし、それによって事故死する人の数は減少しているはずですし、安全性に安心した購買者は、車を買い続けるでしょう。

 つまり、シリコンバレーはまず第一に、安全性の確保は絶対に譲れないものであること、そして、その事は、彼らにとっての「問題」ではないことを認識すべきです。より安全な商品を作ることがより安全な産業に繋がり、長期的には、人々はその商品を使い続けます。

 民主プロセスを破壊する、あるいは、人々を操作し、社会の団結を壊す目的の商品を作り続けるのならば、いつか人々は商品を見限り、利用を止めるでしょう。産業としての長期的な存続は、商品と、消費者の安全性の確保にかかっています。

 また、ユーザーはユーザーとして尊重されるべきで、「企業側が利用する者」として、軽視されるべきではありません。私は、現在のシリコンバレーの対応は問題だと思います。さらに、米国外で暮らしている人たちとってより問題だと思うのは、私たちがオンライン上の「社会のクローン」を作ったことです。

 そのクローン、つまり、デジタルのあなたやその友人が交流するサイバー空間に責任を負うべき企業が、あなたの国の司法権が及ばない国に存在していることです。私たちは「社会のクローン」を、私たちの法律を尊重しなくても良い、米国の企業に譲渡しているのです。

 サイバー空間が民主主義だけでなく、私たちの法律とどう関わるのか、真剣に考えるべき時です。各国の空港には、それを3つのアルファベットで示す、国際基準が定められています。なぜインターネット上の公開に適したものと、そうでないものや、それをどう規制して行くのかという、(空港表記と)同じような国際的な枠組みが存在しないのでしょうか。

 各国がインターネットを、何か真新しいものではなく、リアルなもの、経済や社会、民主主義を支え、人々の仕事の中心的・基本的なものとして認識し始めている昨今、最低でも空港表記と同様の国際条約が検討されるべきでしょう。

日本の現政権は、改憲に関する国民投票を検討していますが、国民投票法において、広告に関する資金投入の上限も、デジタル広告に関する規制もありません。このことは、危険だとお考えですか。

ワイリー氏:日本が学べる例は、いくつか存在すると思います。まず明確なのは、英国が行ったEU離脱に関する国民投票です。この国民投票に関する法的枠組みは、後に現実のものとなったあらゆる問題を全く想定していませんでした。
 偽情報に関するプログラム、データの利用、サイバー広告、SNSプラットフォーム上における透明性などです。その全てにおいて、あらゆる脆弱性が、食い物にされました。

 日本は特別な立場にあります。オンライン上の「インフルエンス・オペレーション」において、高度な能力を有する数多くの国々のすぐそばに位置しているからです。北にはロシアがあり(北方領土に関する)対立が起きています。中国、そして北朝鮮と韓国など、日本の政治に介入しようと試みる国々に囲まれてもいます。

 また、他国だけではなく、例えば9条改正に関連し、国民投票によって利益をあげようと目論む軍事請負企業、武器システムなどがあるとします。こうした既得権益は、(規制など)彼らを止めるものが何もなければ、人々を(広告で)標的にし、有権者をあざむくために使えるだけの資金を投じるでしょう。

 英国居住者としての見解ですが、少なくとも私は英国の民主主義が、今や立証された事実ですが「違法にだまし取られた」様を目の当たりにしました。違法行為を行ったキャンペーン団体が罰金を課されただけで、何の軌道修正もされず、国民投票の結果は有効で、英国のEU離脱は現実のものとなっています。

 日本にとって、積極的、または受動的に軍事紛争に関わるのか否か、日本人であることの根本を問うような決断を行う場合、ある意思を持って行動する既得権益が存在するのなら、彼らの目論見は実現するでしょう。それが敵対する外国勢力であろうと、非道な企業であろうとも。既存の大手企業であったとしても、逃げ切れると判断すれば、実行するでしょう。