オリンピックが人々に「つながり」を生む

五輪はブラウンさんにとってどんなもので、また、一番印象に残っているのはどんなことでしょうか?

ブラウン氏:他に比べようのない、大きなイベントでした。スポーツの盛大なイベントであったことはもちろん、文化オリンピアードもありました。また、ものすごい数の国々と人々を一つにし、テレビ観戦だけでも、あんなに異なる文化を目のあたりにできるものは、他に考えられません。私自身、スポーツはしていませんでしたが、多くの人同様4年に一度、観戦したり、(ロンドン大会では)聖火リレーに参加もしました。オリンピックは、自分の成長とともにあったものでした。(印象に残っているのは)聖火、そして聖火台です。スピリチュアルで神秘的、そして、純粋な炎だと感じます。

五輪ではどんな「スピリット」が生まれたのだと思いますか?

ブラウン氏:皆がある目的を分かち合っていた、ということかもしれません。人々の間につながりができたことは、大きかったと思います。世間話をする理由とつながりができた、というか。ロンドンはがらりと様変わりしました。街中を、五輪の輪を見かけずに歩くことはできませんでしたし、ロンドンだけでなくマンチェスターやリバプール、国中が五輪で彩られていた。だから、人々には、互いに話をする理由ができたのです。

 例えば地下鉄で誰かが転んだり、酔っ払いが騒ぎを起こしたりすると、人々はそれを「分かち合う体験」として、そこに関わろうとするのです。ロンドンでは従来、他に誰も乗っていない地下鉄の車両で一人座っているところに、突然誰かが隣に座ってきたら「なんでここに座るんだ!」という意識でいたと思うのですが、この壁が壊され、つながりというものが生まれたのだと。こうしたことが、大きな大会ができる、とても特別なことだと思います。

大会開催は、どんな感覚を呼び起こしたのでしょうか?

ブラウン氏:多くの人たちをインスパイアしたのだと思います。スポーツを通じ、選手たちが成し遂げた偉業を見て、彼らにインスパイアされる。人々の心の炎を灯し「自分にも何かができる」と思わせる。スポーツでなくても良いのです。特にパラリンピックを見ていると、選手たちが壁をどんどん壊し、ものすごいことを達成している。そこに自分の人生を重ね合わせてみるのです。「僕にだって何かできるに違いない」と。

 スポーツでも良いのですが、人々が必ずしもアスリートとしてではなくとも、日々の生活においてインスパイアされました。私は特にそうです。英国チームの凱旋を見ているだけで、スポーツ参加者の増加につながります。測定するのは難しいことですが、例えばスポーツを見たり、音楽を奏でたり参加したりすることで、その人の中にある何かを触発し、そこから自分自身のための「何か」につながっていくのだと思います。オリンピックもパラリンピックも、変化を起こすそうした大きな力を持っていると思います。

レガシーとして続く「幸せへの投資」

 五輪に感化されたブラウンさんは、その後「スピリット・オブ・2012」という英国のNPO団体で、ブランド・コミュニケーションおよびプログラム・オフィサーとして働いている。「スピリット」は、2012年ロンドン大会の精神を社会に継続していく、という活動だ。「幸せに投資する」という旗印のもと、宝くじ収益の一部を慈善活動に配分する「Big Lottery Fund」からの資金を財源に、英国各地の慈善団体やプロジェクトを支援している。

ブラウン氏:2012年、聖火ランナーの経験が終わった後、大学を卒業し、2年ほど、子供たちにコーラスを教えるなど、音楽活動をしていました。とても楽しかった。その後、リバプールのイベントなどで演奏もし、そうした活動がとても好きで、フルタイムで音楽活動をしていました。

 現在は英国の「スピリット・オブ・2012」という団体で働いています。スポーツやアートを通じて「つながりを生む」「人々をつなぐ」ということが目的です。五輪の精神、2012年ロンドン大会の精神を受け継いでいこうと、様々なプロジェクトや組織を資金援助しています。(支援するプロジェクトは)スポーツ、アート、ボランティア、社会的活動と多岐にわたりますが、こうした活動を通じて人々の健全性・幸福感を増幅させようというものです。

 最終的には、ロンドン大会がしたように「人々を一つにする」ということが目的です。大勢の人たちが一つになって、スポーツやアートなど同様の目的を持ち、幸福感を増幅する。そして、人々の人生を改善していくのが狙いです。もちろんすべての国民とは言いませんが、オリンピックはイギリスという国を「浮上」させたと思います。

 例えば、通勤などの地下鉄車内で、見知らぬ人たち同士が会話を始めることが多く、こんなことはロンドンではそれまで絶対にありえませんでした。2012年、ロンドンで起きたことは、実態がつかめるものではないのですが、イギリス各地で起きた「あのこと」を、私たちの団体では再現しようと試みています。様々なイベントを通じて、変化のきっかけ作りをするなど、ともかく、人々を一つにする。一緒にやれば、気持ちも高揚する、というねらいがあります。

 また、活動の根幹に「障害に対するマイナスイメージを払拭する」という目的もあります。これは、パラリンピックがきっかけとなりました。このとき「スーパーヒューマン」という概念が生まれ、障害で「できないこと」ではなく、障害があるからこそ達成できることが注目されました。これが、私たちの原点となりました。

 この仕事では、常に自分の見識に挑戦しています。例えば、私の知識が及ばず、精神的な障害を持つ人が、実は舞台演出において素晴らしい振り付けができることをまったく予期していなかったこともあります。実際に目にするまでは、きっと不可能だろうと思ってしまうのですが、こうして、わたし自身の見識も変えてくれるのです。

支援先はどのような団体ですか?

ブラウン氏:わたし自身が受け持っているのは3つの団体で、一つは人々を、音楽を通じて一つにするというもの。異なる年齢層を一緒にして、世代間をつなぐ目的があります。これがプリマスでやっている事業「プリマス・ミュージック・ゾーン」です

 もう一つは「ビーコン・ヒル・アーツ」という映像会社で、学習障害や自閉症の人たちと一緒に活動しています。障害を持つ人々を、もっと映像産業で活用しようというもの。英国の映像産業で、こうした障害への見解を変えるという意味では、非常に大きなものです。

 例えば自閉症であれば、クリエイティブな能力が増幅されます。まわりの見方を変え、障害ではなく、彼らの才能を有効活用するのです。先日、これを「スーパーパワー」と称した人がいました。

 最後は「ザ・チェンジ・ファンデーション」ですが、障害のある人たちとともに、各地の学校などをまわって障害者スポーツを広め、障害に対する見解を変えるというものです。私の手掛けているプロジェクトは、障害関連のものが多いのです。