(写真:吉田 健一)

 日経ビジネス10月3日号は「買いたい服がない アパレル“散弾銃商法”の終焉」と題した特集を掲載する。

 アパレル業界の不振に関するニュースを目にする機会が増えた。確かに10年前と業績を比較すると、その苦境は明らかだ。ワールドやオンワードホールディングスなど大手アパレル4社が、2014年度から閉店した、もしくは閉店を決めた店舗数は1600以上に上る。だが、ここで一つの疑問が生まれる。「なぜここまでの状態に陥ってしまったのか」。

 今回の特集では、川上(産地)から川中(アパレル企業)そして川下(百貨店など小売り)まで、アパレル産業に関わる様々なプレイヤーへの取材を試みた。アパレル産業は分業体制が確立しており、例えば川上の産地は川下の小売店で何が起きているのかほとんど知らない。逆もまた然りだ。それならばその全てを取材して、根底にある問題を正しく認識しない限り、解決の糸口を見つける事は出来ないと考えたからだ。

 取材の中で見えてきたのは、経済成長が続いた時代の成功体験から抜け出せず、業界全体が目先の利益にとらわれて競争力を失った姿だった。

黄金時代が招いた凋落

 特集では、不振に陥った原因を「4つの病巣」としてまとめた。インターネットを通じた新しい買い物の仕方に慣れ、長引くデフレを経験して商品の原価に敏感になった消費者の変化に、アパレル業界は対応しきれていない。生産面では短期的なコスト削減のため、商社やOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーに企画やコンセプトまで丸投げすることで、商品の独自性が消えていった。膨張する売り場の勢いに乗って、無計画に広げた店舗政策も不振の一因だ。販売員の使い捨て問題は、業界全体で改善に取り組む必要があることは言うまでもない。

 1970年代、日本のアパレル業界が黄金時代を迎えたという見方がある。「既製服なのにファッション性が高い、ということが付加価値になった時代」(ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッションの尾原蓉子会長)。洋服は作れば作るだけ売れた。さらに、自分たちの業界から生まれたデザイナーがパリコレクションに華々しくデビューし、社会的な称賛も浴びた。しかし、この時に生まれた利益を成長のために再投資しなかったため、この黄金の70年代は「失われた10年間でもあった」(尾原会長)。