三菱商事に在籍中の1999年に「食べるスープ」をコンセプトにした専門店「Soup Stock Tokyo(スープストックトーキョー)」を創業、翌2000年に社内ベンチャーとしてスマイルズを設立した遠山正道氏。その後も、ネクタイ、リサイクルショップなど既存の商品に新たな価値を与える形で新規事業を立ち上げて、展開を広げている。最近、注目を集めている事業は、のり弁当専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」だ。新規事業の発想と事業化、その醍醐味について聞いた。(聞き手は、戸田顕司=日経ビジネスベーシック編集長、斉藤 真紀子=フリーランスライター)
米飯のうえにのりを敷き詰め、ちくわの磯辺揚げや白身魚のフライなどのおかずと組み合わせた「のり弁当」は、500円以下と手頃な価格で人気商品です。スマイルズは有明海の一番摘みののりを使うなど食材にこだわったのり弁当の専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」を2017年4月に銀座で開業しました。鮭とちくわの磯辺揚げを楽しめる「海」が1080円(税込)と、のり弁当としては高価格帯ですが人気を博し、築地そして東京駅と3店舗を展開しています。のり弁当市場のどこに、ビジネスチャンスがあると考えたのでしょうか?
遠山:きっかけは、8年ぐらい前だったかな。社内で「何が好き?」という話題が出たときに、「やっぱり、のり弁でしょう」「揚げちくわ、いいよね」となって、そこから弁当に興味が湧きました。社内で始めたのが、弁当のワークショップ。ファッションデザイナーやアートディレクターといったクリエーターの方々にテーマに基づいた弁当を考案していただいて、みんなで説明を聞きながら食べる場を作りました。このときは、まだ事業化は意識していませんでした。
「誰が買う?」「分かりません」
遠山:それからしばらくして、日本航空(JAL)の機内食として「AIR(エア)スープストックトーキョー」を提供しているチームの事業部長が、「たまにはほかのことをやってみたいのですが、以前に話に出たのり弁当はどうでしょう」と提案されました。「それは面白いね」と即決。でも、「海苔弁byスープストックトーキョー」ではおいしそうじゃないし(笑)、「海苔弁byスマイルズ」では誰にも分かってもらえない。ノーブランドだと、単なる仕入れ業者になってしまう。普通に仕事するのではなくて、何か面白くしたいのがスマイルズのスタイルです。そこで、「海苔弁山登り」というブランドを作りました。
おかげさまで、飛行機の乗客にとても好評でした。そんな折に、銀座の高級商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」から出店の話をいただきました。銀座のど真ん中ということで、「これは『海苔弁山登り』の出番だ!」と(笑)。真逆を付く感じです。
のり弁当について、購入層や市場規模を調査するようなことはしなかったのですか?
遠山:マーケティングとかボリューム感とか、考えていませんでした。「GINZA SIX」がオープンする1週間前のことです。私は事業部長に「どのようなお客様が『海苔弁山登り』を買い求め、どんなシーンで食べているのか」を尋ねてみました。東京・丸の内だったら、多分OLでしょう。銀座だと、誰なのか。そうしたら、事業部長も「分からないですね」って(笑)。でも結果は、店舗に行列ができるほどで、今は3店舗まで出しています。
「子供の眼差し×大人の都合」で事業は成り立つ
「これは売れる」というマーケティングの発想から生まれた商品ではないのですね。
遠山:最近、社内でよく話しているのは、「子供の眼差し×大人の都合」という概念です。子供の眼差しとは、こんなことを思いついちゃったというトキメキだったり、純粋にやりたいというキラキラとした妄想だったり。だけれども、ビジネスや事業はそれだけではうまくいきません。マーケティングのような大人の都合と掛け合わせて、初めて成り立ちます。
「やっぱり、のり弁当でしょう」というのは、子供の眼差し。一番好きそうなものを挙げたわけですよ。まずは、自分の思いや体験があります。新規事業を考えるうえでは、ここを起点にするといいと思います。大事なものは何なのか――。
のり弁当「海」(1080円、税込)。おかずは、弁当箱からはみ出すサイズの鮭と、ちくわの磯辺揚げ。玉子焼きは、おふくろの味をイメージし、あえて焦げ目を付けている。銀座の店舗は複合商業施設「GINZA SIX」の地下2階にある。
会社だと、どうしても最初に「売り上げ」や「利益」が来がちです。でも、本当にそれが正しいのでしょうか。私は、よく会社やブランドをヒトに例えます、「スマイルズさん」とかね。スマイルズさんの一番大事なことは、決してお金ではないんです。4~5番目ぐらいであって。
共有しづらい「形容詞」が価値を示す
遠山:そんなことを考えていて、「形容詞に価値が宿る」と思い至りました。形容詞とは、好きとか、美しいとかです。
例えば、レストランのメニューには、食材や産地、価格など必要なことは書いてあります。だけれども、レストランは、それだけでなくて、シェフが始めた思いやスタッフが心がけているサービスなどがあります。お客様も、お腹を満たすためだけでなく、誰と来てどんな話をしようと考えています。「そちらのほうが大事だ」とみんな分かっているのに、仕事になるとメニュー側の話になってしまう。材料はなにで、数量は何個で、価格はいくらで、という具合に。
結局、固有名詞は共有しやすいのです。でも、形容詞は表現しにくく、会議では共有しづらい。しかし、本来は形容詞に大事なことが含まれているし、かなり意識しないとそのことを思い出せません。
「海苔弁山登り」では、どのような表現になるのでしょうか?
遠山:「冷めているけど、温かい」。こんな表現になります。温かいとは、おふくろの味で、愛情がこもっていることを意味します。のり弁当は、お弁当のなかで不遇な立場を強いられているんですよ。一番安いカテゴリーの商品でかわいそうだし、「おいしいのり弁当」を食べた印象が薄い。みんなが好きだと思っているんだから、そこに“本物”を投入してみたいと、ここでビジネスとして挑戦したいシーンが見えてきました。
スマイルズには、「作品性」という言葉があります。「GINZA SIX」で全部手づくりして、1つのアート作品のようにきっちりと仕上げています。芸術家は、マーケティングをせずに、自分の思いで創作しますよね。我々のビジネスもそうです。この意味で、『海苔弁山登り』には、スマイルズのスタイルが詰まっているといえます。
社内起業家を増やしたい
ビジネスの側面からお伺いします。現在、「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」は3店舗ですが、どのぐらい増やしていく計画ですか?
遠山:3店舗とも順調ですが、ただ店数を増やせばいいというものではありません。必要があれば増やすし、理由がなければ増やさなくてもいいと思っています。「海苔弁山登り」は手づくりですし、規模の経済のメリットを実感していません。2018年7月に3店舗目となる「エキュート東京売店」を東京駅構内にオープンしましたが、出店には苦労が伴いますしね。
飲食業界では、店舗数を増やすことでポストを作って社員の昇格につなげる仕組みを構築しています。店舗数が増えなければ、「いつまで経っても店長になれない」と、士気が下がる社員も出てきそうですが……。
遠山:ポストを増やすために店を増やそうという考えはありません。ただ分社化して、社員自身が社長になって、その会社で働く人が増えてほしいという思いはあります。自分が社長になるモデルができて、それを制度化できるといいですね。
スマイルズでは副業を勧めるなど、「働き方改革」ならぬ「働き方”開拓”」と謳った、新しい仕事のスタイルも注目されていますね。
遠山:社員の機会を増やしていきたいと考えています。スマイルズから分社化したスープストックトーキョーには、社外の仕事を請け負っても構わないという「ピボットワーク」という制度を設けました。これは、社外の仕事に興味を持った社員がスマイルズを辞めて転職してしまうのは、スマイルズにとっても大きな損失だと考えたからです。
ずっと「スープストックトーキョー」で働くのもいいけど、スープは6割で残り4割は別の仕事を通じて新しい適性や機会を自ら見いだしていく。入口は小さくても、その仕事が尊く、面白い。どんなに大きなビジネスでも、始まりは実は小さいことが多いですし。
これまでスープ専門店「スープストックトーキョー」、ネクタイ専門店「giraffe(ジラフ)」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON(パスザバトン)」などの新規事業を立ち上げてきました。勝算は、事前にどれだけ持っているのでしょうか。
遠山:もちろん、うまくいかなかったこともたくさんあります。そういうときに、そもそもなぜこのビジネスをやっているのか、という思いが大事です。アイデアのきっかけは、涙なくしては語れない自分の体験でも、単なる思い付きでも構いません。それが、どこまで本気なのか、どうしてそれがやりたいのか。その人なりの強い気持ちが必要です。
「はやり」では続かない
遠山:「これがはやっているから」というのは、スマイルズでは新規事業を立ち上げる理由になりません。最もモチベーションが上がらないケースで、新規事業が行き詰まった状況を打開する力が湧いてこないからです。
「海苔弁山登り」を言い出した事業部長は、数字に強くて在庫管理などを任せられるビジネス寄りの人間です。でも、「冷たいけど、温かい」という商品にかけた思いをしつこいくらい、何度も語る。「もう分かりました」と言っても、繰り返す。
どこまで思いをしっかりと言葉にできるか。それが結果につながっていく要素だと思います。
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そこで、日経ビジネスでは、スマイルズ社長の遠山正道氏をはじめとする実際に事業を立ち上げた方々にノウハウや問題の解決手法を具体的に語っていただくほか、新規事業のタネ探しから事業企画までのプロセスをワークショプ形式で学んでいただく場を設けました。現実性や創造性のある企画立案を行なうための手順と考え方を効率的に身に付けることができます。講師がワークショップで作成したビジネスモデルの論評まで行う実践的なセミナーです。
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■変更履歴
記事掲載当初、スマイルズが副業を勧めているとの表記になっていましたが、スマイルズから分社化したスープストックトーキョーに修正します。また「冷めているけど、温かい」との表記を「冷たいけど、温かい」に修正します。本文は変更済みです。 [2018/10/11 16:30]
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