新規事業をどう立ち上げて、軌道に乗せるか。経営者や起業家にとって大きな課題であるテーマにひたすら取り組んできた人物がいる。静岡県浜松市にある光産業創成大学院大学で特任教授を務める宇佐美健一氏だ。宇佐美氏は慶応義塾大学卒業後の1984年に自らマーケティング会社を設立し、社長に就任。大手電話会社や大手航空会社の新規事業のサポートや、ベンチャー企業の経営コンサルティングなどを手掛けてきた。その後、自らの経営経験を学術分野で活かすことに方向転換し、山形大学や光産業創成大学院大学などで大学発ベンチャーの事業計画作りや、企業戦略構築に関わっている。
新規事業一筋に歩みを続ける宇佐美氏に、自らの経験に基づく事業化の立ち上げ時の課題や成功の条件を聞いた。
(聞き手は斉藤真紀子=フリーランスライター)
宇佐美さんは1984年にマーケティングの会社を創業されました。大手企業の顧客も抱えていました。新規事業のアイデアを出したり、認知度向上を助けたりと、多くの企業と協業して、当時では極めて新しい領域の仕事をしていましたね。
宇佐美:マーケティングという新しい分野で起業をしようという発想で、賛同した創業メンバーが5人ほど集まりました。それぞれが顧客を抱えていて、大手企業の相談に乗ったり、中小企業の経営を助けたりと、経営は伸びていました。お陰様で顧客の企業も含めてメディアでもよく取り上げていただきました。
宇佐美氏は自らの起業体験を生かして、新規事業の立ち上げを支援している。
宇佐美:私が社長をしていましたが、それぞれの社員がプロフェッショナルなので、共同パートナーという表現が合っていると思います。
若くして会社を起こしてみたら、仕事は入るし、社員はプロで売上高も伸びる。事業としては順調でしたが、学んだことは別のことです。
会社の理念を最初からきちんと持つべきでした。そして皆で共有したかったという思いもあります。つまり、そもそも自分たちは何をやっている会社なのか。自分たちはこういうことをして、社会に出て、役立っていこう。そういったことを議論し尽くさないうちに、事業のアイデアは次から次へと出て、それを追いかけるスタイルになってしまいました。新規事業はうまく立ち上がったが、会社の理念が明確でないから経営者としてうまくいかないことも少なくない。そんな感じでしょうか。
確かに起業や新規事業立ち上げとなると顧客の獲得や売り上げの確保などは当然、考えます。銀行や株主など周囲もそうした数字には敏感になるでしょう。ですが、理念までは考えが及ばないことが確かにありますね。
宇佐美:経営していたマーケティング会社は、プロの集まりなので、私が経営者として意見を言うと、「自分の手がけている事業に口を出さないでほしい」という答えが返ってくることがありました。理念がないので、共通の目標も見つけにくいし、独立意識が強いので他人に口出しして欲しくないという風土も強まります。こうしたことが続くと、「何をするために皆が集まって、会社を運営しているのか」という思いが強くなるのです。「空中分解するのでは」という感じです。
本来は、「我々はこういう商品を通じて世の中を変えていく」という共通認識のもとで、社会にどんな価値を生み出すかという発想で仕事をしなくてはなりません。そうして社内で意志を固めて、そこから売り上げ目標など数字も固まっていく。経営計画がきちんと立つわけです。ですが、当時はそこまでできなかった。
経営者としての経験を積んだうえで、山形大学での指導など転身されましたね。何かきっかけがあったのですか。
宇佐美:経営を離れて、ある時期に故郷の山形県に戻りました。マーケティング会社で様々な新規事業に携わり、最先端の動きを知ることができました。自分なりに、アイデアをどう事業計画に落とし込み、事業として実現するために何をするべきか。必要なネットワークをどう築くかといったような枠組みを頭の中で描けるようになりました。その経験を生かしたいと考えていた際、97年に山形県の自治体や大学から「事業をサポートしてほしい」と依頼がありました。そこから食品や製造業などの事業化プロジェクトを支援する役割を担っています。
そこで起業、そして経営者としての体験は生きましたか。
宇佐美:例えば、食材開発にしても様々な人がそれぞれの立場から議論をする。そこからいいモノを作っていくわけですが、私は作るだけではなく、伝えるということにこだわっていました。いいモノを作った時には、その価値をきちんと伝えることが大切と経験から学びました。
価値は、多面的な要素を盛り込んでいます。それを正確に評価して、言葉にして伝えていくことで、多くの消費者に知られて、大きく長く広がります。開発に携わった人たちも価値の一つであり、ストーリーの一員なのです。価値を正確に伝える翻訳者という立場を見つけることで、サポートがうまく行きました。新規事業を起こしてからの展開をきちんと考えられたからだと思います。色々な人の相談に乗ったり、意見を交換したりすることも、経営経験が役立ったと思います。
2011年からは静岡県の光産業創成大学院大学(瀧口義浩学長)で教職に就いています。こちらは光関連の起業を目指す方が集まる場所として知られています。
宇佐美:浜松ホトニクスの支援を受けて設立された大学院大学です。そこで学ぶ生徒は、学術的な研究を深める一方で、光技術を活かしたベンチャー企業の設立・運営を目指しています。光技術を事業化できるように授業や指導を通して支援しています。大学院内に限らず地域のベンチャーと大手企業、そして自治体、官庁などとも提携して、ネットワークも拡大しています。
光技術をどう生かして、どんな事業をするか。それによってどんなイノベーションを起こせるのか。具体的にそうしたことを一歩ずつ進めていきます。
大学のいいところは、しっかり理論を学び、またたっぷりと議論できることです。色々な人と意見を交わす中で、技術の仕組みや優位性を知り、事業化した時にどのような価値を提供できるのか。あるいはユーザーは誰かなど細かいところまで考えられます。事業リサーチも、中立な立場で企業や官庁などに実施することができて、ネットワークも広がります。米国のベンチャー企業のように、仮説を検証するために、まずは挑戦して、失敗したら今度はうまくいく方向に転換していく。こんな実践的な経験を積むことができるのです。新規事業の立ち上げや、起業は、実践も大切ですが、どこまで深く学んだかも重要です。
すでに大学発で伸びている会社も出てきているので、上場まで成長するように支援を続けたいと考えています。
経営者体験と、大学での生活を通して、改めて新規事業の成功の条件は見えてきましたか。
宇佐美:目の前に高い技術や優れた商品があったとしたら、その技術や商品が「社会で活躍できる場」はどこか。これを明確に言葉にできることが大事だと考えています。こんな商品です、こんなときに誰のために、このような場で活躍します、というような内容です。これをスピーディーに展開できるかが競争力を左右します。事業の新規性や技術の優位性は当然大切ですが、やはりどんな時も言葉は力なのです。
(次回に続く)
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