アニメーションの世界は、自由な想像力や圧倒的なデフォルメが可能で、実写映画では再現が困難な未来や宇宙の世界などを描きやすい。才能が開花し、新たな世界観を持つ作品が次々に生み出されている。『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『新世紀 エヴァンゲリオン』といった系譜の物語は、実写映画の世界にいた人間からは出てこない発想から生み出されたものだったのかもしれない。

 こうしてアニメで培った表現力を持ちながら、実写映画の世界にも挑戦する監督は少なくない。アニメだけに頼らない、新たな表現の模索のように感じる。

 庵野監督自身、実写映画も幾つか手がけてきた。1995年から始まったテレビ版『新世紀 エヴァンゲリオン』、その完結編となる1997年の劇場版を作り終えた後、しばらくの期間、アニメーションから離れて実写の世界に身を置いている。

 女子高生の援助交際を題材に取った『ラブ&ポップ』(1998年)、アート色濃厚な『式日』(2000年)、サトエリ(佐藤江梨子)扮する『キューティーハニー』(2004年)。だが、期待以上の興行成績を残せたかと言うと、そうとは言い難い(実験精神に溢れていて個人的には好きなのだが)。

 これは庵野監督に限った話ではない。『イノセンス』や『スカイ・クロラ』の押井守監督もまた幾度となく実写を手掛けているが、大きなヒットを生み出せてはいない。『AKIRA』などで世界的に有名な大友克洋監督もそうだ。アニメ出身の映画監督に実写映画は難しい。こういった「定説」が一般化しつつあった。

 だが、『シン・ゴジラ』はそれを見事に覆した。興行面でも評価面でも大成功を収めた。アニメーション映画と実写映画の相克の歴史ともいえる近年の日本の娯楽映像産業における、一つの到達点とも言える。

庵野監督は、実写的技法を取り入れた

 庵野監督は『シン・ゴジラ』において、自身のフィールドであるアニメ的な技法にこだわらず、実写の世界での偉大な先輩たちの技を用いている。庵野監督のルーツがウルトラマン(1966年)であることは有名な話である。市川崑監督(『犬神家の一族』など)や岡本喜八監督をはじめとして、多くの実写映画からのオマージュを自身の作品に織り込んでいる。

 『シン・ゴジラ』は特に、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』の影響が色濃く感じられるものだった。同作は半島一利氏の同名ノンフィクションを原作として、岡本監督が1967年に制作した映画作品だ。ポツダム宣言の受諾をめぐる閣僚たちの動きが、1945年8月14日から15日の玉音放送までの24時間にフォーカスを当ててドキュメントタッチで描かれている。

 重厚なキャスト陣を細かいカット割りでどんどんさばいていくタッチなど、個別の撮り方にも多くのオマージュが見て取れるが、何よりも一番に影響を受けているのはそのコンセプトの設定するところにあると考える。

 また、実写表現の最大の特徴の一つである「俳優」という存在を均一化させた点も大きなポイントであると感じる。

シン・ゴジラの特徴は「俳優」という存在を均一化させたことにある。(©2016 TOHO CO.,LTD.)

 誰が見ても3時間分の分量であった台本を俳優陣に徹底した早口をさせることによって、ほとんど削らないままに撮りきり、2時間という尺に収めたという(境治氏「東宝はなぜ『シン・ゴジラ』を庵野秀明氏に託したか? 東宝取締役映画調整部長市川南氏インタビュー」より)。

 アニメーション出身の監督であるがゆえに達成し得た要素は、ゴジラが初のオールCG(コンピューターグラフィックス)であるという点がまず挙げられる。それまでは原則としてきぐるみの中に人間が入って実演していたのだ。

 絵という記号の組み合わせを武器としてきたアニメーション監督ならではの発想と岡本喜八監督のスピーディな群像劇のコンセプトがここに幸福な合致を見たと捉えることができたのだ。

 まさに、アニメと実写の境界線を打ち破った作品と言える。

 庵野監督に限らず、日本のアニメ映画の監督は、実写の映画から多くを学んできた。押井守監督や、『ガンダム』シリーズの生みの親である富野由悠季監督など、名だたるアニメーションの巨匠たちが実写映画からの影響を公言している。

 宮崎駿監督も『もののけ姫』を作る際に「黒澤明監督の『七人の侍』で作られた、サムライと農民の区分・歴史観に挑む」といった趣旨を語っている(『もののけ姫はこうして生まれた』より)。

 アニメーション界の巨匠たちは実写映画に影響を受けながらも「アニメーションにしかできない表現」を求めて成功をおさめ、その実績を持って再び実写にチャレンジする。その挑戦の成果として初めて開花したのが、『シン・ゴジラ』ではないだろうか。