「兵器が無人化されて攻撃するならその通りだよね。でも、在来線の電車たちは兵器じゃないし、かっこよくもない。そして何より、本来はJRの職員が運転する乗り物で、『無人』にしたのは、この作戦のためなんだ」

 「?」

 「つまりね、本当は通勤するサラリーマンが日常的に使う乗り物が、この危機を救うため、いわば無理を押して無人化されて兵器になっている。そこに健気さがあって、だから日本人は感動するんだよ」

 そんな議論を経て“Conductorless train bombers”という英訳案に辿り着いた。これなら「ほんとうは人間が運転しなければいけないのに、特別に無人で動かしている」というニュアンスが英語圏の観客にも伝わるという。「技術大国ニッポンの在来線はふだんから無人で、いざという時は兵器にもなる」などと勘違いされたら目も当てられない(こちらも、実際の公開版でどのように英訳されたかは考慮していない個人的な発言なので、念のため)。

 「シン・ゴジラ」の翻訳において重要なのは、こうした一つひとつのモノや言葉にこめられた真意を「安易に置き換えない注意深さ」だろう。

 ビジネスとしては当たり前なのだが、映像翻訳者は、字幕・吹き替えを行う言語の側にいる観客が納得することを最優先して考える。そのためには「起点となる言語が有する本来のニュアンスをそぎ落とすことも辞さない」と考えがちだ。

 その手法が適したコンテンツがあることは否定しないが、この作品には向かない。日本人でも滅多に耳にしないお役所言葉や専門用語、ジョーク、過去のゴジラ作品へのオマージュ、エヴァンゲリオンのパロディなどなどの複雑かつ繊細な配合の結果に私たち日本のファンは酔いしれているのだから、そこから何一つそぎ落としてはいけない(と、希望したい)。この映画に限っては、外国人のためにわかりやすく丸めた翻訳なんて自殺行為じゃないかと思う。

突破口その3:それでも「セリフの翻訳」だけでは足りない

 世界でのヒットを目指すうえで、ハリウッド映画にあって日本映画にないものがある。それは作品を鑑賞させる以前に「設定や背景に関する知識、役者や監督によるメッセージ、本国での評判」といった情報が受け手の側に行き届いていることだ。

 米国における社会生活のコンテクスト(行間)を共有する国や地域であれば、ハリウッド映画が歓迎され、よき娯楽となるのは当然のことだ。米国に行ったことがない人でもFBIとはどんな組織なのか、ホワイトハウスとはどんな建物かを知っているのだから。今世紀に入ってからは韓国のエンターテインメント業界がコンテクストの輸出に努め、特に日本やアジア諸国で一定の成功を収めたように見える。そろそろ私たちの出番ではないだろうか。

 その「コンテクスト」という意味で行けば、「シン・ゴジラ」は、我々日本人が持っているコンテクストの塊でもある。現実対虚構、日本対ゴジラ、とは、プロデューサーをはじめ制作側が何度も繰り返し訴えている本作のポイントだ。

「シン・ゴジラは、超兵器やスーパーヒーローじゃなくて、私たち現実の日本人がゴジラと戦う物語なんですよ。我々のダメなところやおかしなところで笑って、頑張るところに拍手してください。え、本当にあんなに何度も会議を開くのか? …それはですね、我々が出来る限り、関係者全員の納得を得ようとするからです。誰も責任を取りたくない気持ちの裏返しでもありますが(笑)」

 みたいに説明すれば、会議シーンの持つ意味や笑いどころも見えてくるかもしれない。

 もちろん言葉の“壁”は高い。もしもこの国のメディアやブロガー、あるいはSNSなどを通じた情報発信を日常的に行っている市民の多くが英語(あるいは他の外国語)使いであったなら、この国で巻き起こった「シン・ゴジラ」ブームの熱はとっくに海を渡り、世界的なヒットにつながっていたかもしれない。「発声可能上映会」の盛り上がり(こちら)も、この一連のコラムだって、ほんとうなら英語にして、世界中にシャワーのようにまき散らしたいという思いがある。

 幸いなことに、日本を訪れる外国人観光客は増加の一途を辿っている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックへの注目度も増すだろう。英語を日常的に使う日本人も増えていくに違いない。この国のコンテクストを世界に広める大きなチャンスがやってくるのだ。

 「シン・ゴジラ2」を待ち望む世界中のファンと、「上陸するならまた鎌倉か?」「今度は京急がリベンジする設定はどうだ?」などと語り合える日が来ることを願う。

※先の囲みの紹介文を英訳しました。もし英語圏の方に「シン・ゴジラ」を紹介する機会がありましたら、よろしければご活用下さい! さらなるブラッシュアップも大歓迎です。

"Shin Godzilla" isn't a story about superheroes or superweapons - it's a story about how we Japanese would realistically fight against Godzilla. We want you to laugh at the mistakes we make, but also applaud when we do well. You might be wondering if we would really hold that many meetings. The thing is, we always feel that we need the approval of everyone involved. I suppose it's a result of no one wanting to take full responsibility... (laughs )

読者の皆様へ:あなたの「読み」を教えてください

 映画「シン・ゴジラ」を、もうご覧になりましたか?

 その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。

 その挑発的な情報の怒涛をどう「読む」か――。日経ビジネスオンラインでは、人気連載陣のほか、財界、政界、学術界、文芸界など各界のキーマンの「読み」をお届けするキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を開始しました。

 このキャンペーンに、あなたも参加しませんか。記事にコメントを投稿いただくか、ツイッターでハッシュタグ「#シン・ゴジラ」を付けて@nikkeibusinessにメンションください。あなたの「読み」を教えていただくのでも、こんな取材をしてほしいというリクエストでも、公開された記事への質問やご意見でも構いません。お寄せいただいたツイートは、まとめて記事化させていただく可能性があります。

 119分間にぎっしり織り込まれた糸を、読者のみなさんと解きほぐしていけることを楽しみにしています。

(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)