「作り手が私たちを笑わそうとしているんだから、笑ったほうが楽しいでしょ?」

 言われてみれば確かにその通りで、「緊迫した会議のセリフをリアルに再現している」と話題のシーンでさえ、お笑い芸人顔負けの軽妙な“ボケ”が随所にちりばめられている。緊迫のシーンの中に、ふっと間を外すような台詞が設けられていて、翻訳者たちは素直に反応していた。無粋を承知で例を挙げれば、「それ、どこの役所に言ったんですか?」「総理、緊急の課題はしっぽの正体より今後の対応です」「えっ動くの?」などなどキリがない。

 もちろん、バカウケを狙った脚本だとは思わないが、間違いなくヤヤウケぐらいを狙ったものだとわかる。観客のほとんどが無言でセリフに聞き入る状況は、作り手にとってはむしろ想定外であり、3人の外国人翻訳者の反応こそが期待したものではないか。彼らと一緒に笑わなかったことを、今になって後悔している。

 劇中の緊迫感にひたりきって真剣に見入るのもいいし、随所に現れる“ボケ”を笑い飛ばしていくことも、「劇中にも、小難しい話についていけない偉い人がいる。だから、見ている貴方たちもあんまり深く考えずに楽しんでよ」という作り手の思いに応える行為だと思う。余談になるが、東日本大震災や福島の原発事故を想起させるシーンを笑うのを、不謹慎だと批判するのは的外れもいいところだ。

 つまり、どちらも正解なのだ。難解なやり取りの真意を紐解いて深掘りするのも良し、難解さを笑い飛ばすのも良し。「理屈抜きでも十分楽しめるが、ほじればほじるほど面白い」というのは「新世紀エヴァンゲリオン」や「機動戦士ガンダム」、「攻殻機動隊」にも共通するジャパン・コンテンツの強みだ。

 「シン・ゴジラ」の場合、「難解なやり取りの真意を紐解いて味わうのがファンの嗜み」という情報が先走って海を渡ってしまったかのように見える。「難解さを笑い飛ばす」という楽しみ方があり得ることは、ほとんど伝わっていないようだ。ネット上で「無駄な会話が多い」「政治家や官僚のセリフが意味不明」という反応が目立つのはそのためではなかろうか。

 今からでも遅くはない。「難解さを笑い飛ばすのも面白いんだぞ」というメッセージを世界に向けて発信できないものか。「最初はコメディ、最後は大迫力のスペクタクル。笑って、驚いて、感動した!」という感想が世界各地から聞こえてくるようになれば、世界市場での成功も夢ではない気がする。

突破口その2:「無人在来線爆弾」の真意を翻訳せよ

 都心3区を破壊し尽くして東京駅舎付近に居座るゴジラに対し、ついに最終作戦「ヤシオリ作戦」が決行される。在日米軍が最新鋭のドローン(戦闘用無人航空機)を用いる一方で、「この機を逃すな!」の号令のもとゴジラに体当たりを試みたのは、なんとJR東海のN700系新幹線だ。その後も日ごろお世話になっている山手線や京浜東北線の車両たちが次々とゴジラめがけて襲いかかる。度肝を抜かれるシーンであり、日本人であれば誇らしい気持ちになれるシーンでもある(私は3回観て3回とも泣きました)。

 米国人翻訳者であるナスさんに「無人在来線爆弾」の英訳について尋ねてみた。

 「“Unmanned train bombers”はどう? 『無人』の英訳は“driverless”などいくつか考えられるけど、”unmanned”が一番ミリタリーっぽくてかっこいい」

 やはりそう来たか。でも、それはちょっと日本人的にポイントがずれている。