日本のテレビドラマの中国語字幕などを手掛ける李さんも、「『次に、東京湾沿岸等への対処ですが、噴火による噴石等の被害の危険性があるため、警戒レベルを避難準備とし、羽田空港も万が一を考えて全便欠航として、危機管理を徹底しております』。会議のシーンではこんなセリフが機関銃のように繰り出されていて、そのまま字幕にしたらスクリーンの大きさが足りないよ」と、情報量の多さには白旗を揚げた。一方で、「為政者や官僚が右往左往している姿は中国の観客にも十分伝わるし共感を得るだろう」と言う。

 「ただし、そのためには作り手の側に『権力者たちのダメっぷりを風刺する狙い』があることを、観客にはっきりと感じ取らせる翻訳を行いたい。滑稽なセリフはそこを強調して上手く訳して、笑いを取りにいきたい。そうすれば、ゴジラが東京を襲うまでの間も退屈しないだろう」

 中国の観客から笑いを取りたい例の一つとして、「巨大不明生物特設災害対策本部(巨対災)」に召集されたメンバーたちに、取りまとめ役の森課長(森文哉・厚生労働省医政局研究開発振興課長)が言い放ったセリフを挙げて中国語字幕にしてくれた。漢字の字づらだけを見ていも可笑しな雰囲気が伝わってくる。

 日本のドキュメンタリー番組などの韓国語翻訳に携わるパクさんに意見を聞くと、「韓国での公開を想定した場合、これは、翻訳が厄介なセリフですよ」との指摘があった。主人公・矢口蘭堂内閣官房副長官のセリフだが、一見すると難解な要素などないように思える。

 パクさんの作った韓国語字幕例をそのまま日本語に戻すと「どんな絶望にも俺たちは打ち勝ってきた。今度もきっとやれるさ」となる。第二次世界大戦による荒廃から力強く復興を遂げたことを示唆する「スクラップ・アンド・ビルド」という言葉に問題があるので、そこを言い換えているわけだ。

 「この作品の韓国でのヒットを願う身としては、本筋とは関係のない部分でケチが付き、ネット上で悪い評判が立つことを防ぎたい。そのため、日本が先の大戦から復興を遂げたというニュアンスについては、できるだけ薄めるのが得策に思える」

 このように、映像翻訳者に期待されているのは“言葉の置き換え”だけではない。起点となる国や地域の文化、社会規範、習慣、流行など「言葉で表現されない領域に存在するもの(コンテクスト=行間)」もひっくるめて、目標となる国や地域の観客にあの手この手で伝えようともがく。それが功を奏しても、観客から褒められることはまずない。観客は上手くできている字幕や吹き替えの存在は気にしないのだ。反対に少しでも違和感があれば「意訳しすぎだ」「勝手な解釈をするな」と怒る。そんな風にお叱りを受けることのほう圧倒的に多いから、たいがいの映像翻訳者は打たれ強くチャレンジ精神旺盛だ。

 そんな彼らが「シン・ゴジラの映像翻訳はやっかいだ」と口を揃えている。それでも突破口はあるはずだ。私案を述べたい。

突破口その1:もっと「笑える」ポイントを打ち出せ!

 今回の、私にとって3回目の鑑賞で、3人の外国人翻訳者の反応が日本人の観客とは違うことに気づいた。かなりの頻度で声を出して笑うのだ。冒頭から続く会議のシーンでは、小さい笑いが一定間隔で続き、石原さとみが演じるバイリンガルの米国大統領特使、カヨコ・アン・パタースンが登場して不思議な英語&日本語を話し始めるとずっと笑いっぱなしである。

 それ以前の2回、客席はほぼ埋まっていたが、笑い声を聞いた記憶がない。そもそも自分も笑っていない(初回はシーンに合わせて揺れたり、水が噴出されたり、匂いがしたりする4dxシートだったため、パタースンこと石原さとみの登場時に漂う“香り”に気を奪われてしまったせいでセリフに集中できなかったという事情もある)。 

 では、なぜ3人は笑ったのか?