妹を失った賢治、妻を失った牧元教授

 ただ、『春と修羅』の「序」以降を読み進めると、「シン・ゴジラ」の物語との間に、「ゴジラを止めるヒント」とだけ回収してしまうには惜しい世界の広がりや重なりを感じる。物語の中でほとんど触れられず、1枚の顔写真だけで描かれる牧元教授という人間を知るために、賢治が残した詩集をさらに読み込んでいきたい。

 『春と修羅』には、結核に罹って伏す妹・トシとの別れを予感するある朝を描いた「永訣の朝」という作品が収められている。「国語」の教科書に採用されることも多い作品なのでお読みになったことのある読者も少なくないはずだ。

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (*あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 こちらは「永訣の朝」ほど知られてはいないが、妹・トシとの離別に立つ自らの心象をより直截に謳いあげた「無声慟哭」という作品も収められている。

こんなにみんなにみまもられながら
おまへはまだここでくるしまなければならないか
ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ
また純粋やちひさな徳性のかずをうしなひ
わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
おまへはじぶんにさだめられたみちを
ひとりさびしく往かうとするか
信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが
あかるくつめたい精進のみちからかなしくつかれてゐて
毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
おまへはひとりどこへ行かうとするのだ
  (おら おかないふうしてらべ)

 いずれも「おまへ」は妹・トシを指すとされる。死にゆく妹を前にした「わたくし」は「巨きな信のちからからことさらにはなれ、また純粋やちひさな徳性のかずをうしなひ」ながら「青ぐらい修羅をあるいてゐる」と描かれている。「おまへ」と「わたくし」は「信仰を一つにするたつたひとりのみちづれ」であるが、今、その道連れを失いつつある「わたくし」は、「毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふ」しかなく、「おまへはひとりどこへ行かうとするのだ」とむなしく問いかけるしかない。

 賢治の足跡を調べれば、「巨きな信のちから」「信仰」などと表現されているものが法華経信仰であることが分かるが、それを知らずとも、「わたくし」と妹とが共有していた「信」「信仰」が失われつつあり、妹と永訣を余儀なくされる「わたくし」が、「青ぐらい修羅」、「毒草や蛍光菌のくらい野原」を歩まざるを得ない絶望が描かれていることは分かるはずだ。

 劇中、牧元教授が妻を失ったこと、そしてそれが牧元教授がゴジラを生み出したことと何らかの因果関係を持っていることが匂わされている。妹を失った絶望から「青ぐらい修羅」を歩く「わたくし」の声なき「慟哭」を、牧元教授はわがことのようにして読んだのかもしれない。

 冒頭、「序」から「わたくし」は「現象」であるという賢治の宣言を引いた。その言わんとするところは、美しいが、いかにも絶望的で悲しい。私たちは「存在」として他者を愛し、相手からも「存在」として愛されることを求めている。私たちが、複雑に連鎖する代謝回路、化学変化の連なり、賢治の言葉を借りるならば「有機交流電燈のひとつの青い照明」という「現象」に過ぎないとすれば、愛するという行為でさえも解体されてしまうだろう。

 逆に言えば、最愛の人を失う衝撃と絶望を、賢治も、牧元教授も、自らや他者を「現象」と捉えることで乗り越えようと試みたと言えるかもしれない。