なぜ理解されなかったのか。その答えは、この詩集の「序」を読むだけでも明らかだ(なお、詩の全文は「青空文庫」に公開されている)。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

 東京大学言語情報科学専攻教授の小森陽一氏は、その講義録『いま、宮沢賢治を読みなおす』(かわさき市民アカデミー講座ブックレット)の中で、この一文目の、時代に対してあまりに先鋭的だった先進性についてこう述べている。

 恐らく、どんなに突き詰めて問題を考えていた哲学者でも、一九二〇年代前半に「わたくしという現象(引用注:「現象」に傍点)」という言葉を、つまり「わたくし」とはフェノメノンだ、現象だと言う人はいなかった。恐らく詩人も小説家も哲学者も、「わたくし」と言えば、それは「わたくしという存在(引用注:「存在」に傍点)は」というふうに存在論的に言葉にしたかと思うのです。

 この「序」を読むと思い起こす映画がある。賢治のもう1つの代表作である『銀河鉄道の夜』を、別役実氏が脚本を担当し、杉井ギサブロー氏が監督を務めてアニメ映画化した作品だ。そのエンディングで、ナレーターの常田富士男氏がこの「序」を朗読する。賢治の世界観に惚れ抜いた制作陣が、「銀河鉄道の夜」とは直接関係はなくとも、その世界に重ねたいと願った一節だったのだろう。細野晴臣氏の音楽ともあいまって印象に残る名シーンだった。

復刻版『春と修羅』から「序」の1ページ。

 「序」において、「わたくし」は、自らを「仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明」であり、「風景やみんなといつしよに、せはしくせはしく明滅しながら、いかにもたしかにともりつづける、因果交流電燈のひとつの青い照明」であると宣言する。

 天井を見上げてほしい。「交流」の電気で点る蛍光灯は、1秒間に100回以上「せはしくせはしく明滅」している。私たちの肉眼から見れば「いかにもたしかにともりつづける」ひとつの光であるように見えるけれど、その光は、明滅という「現象」の軌跡に過ぎない。疑いもなく「いま/ここ」にあり続ける「存在」としての「わたくし」ではなく、賢治はここで、まるで蛍光灯のように、何らかの「因果」の中で生まれ、明滅する「現象」の残像としての「わたくし」を宣言している。

 「風景やみんなといつしよに」明滅している点も注目したい。明滅する「わたくし」という「電燈」が光を放ったその刹那に、「風景やみんな」が照らされて浮かび上がる。つまり「現象」としての「わたくし」が鼓動するように明滅するのに呼応して、初めて世界が生まれている。「わたくし」だけでなく、「わたくし」が感知する世界もまた「現象」であると賢治は宣言しているのだ。

 この宣言は、「シン・ゴジラ」におけるヤシオリ作戦のありようと重なって見える。

 劇中で、ゴジラを物理的な「存在」として打ち倒そうとした作戦はすべて失敗した。自衛隊の攻撃はダメージを与えることすらできず、米軍の戦闘機は反撃を受けて全滅した。だが、ゴジラを折り紙のように立体的に描かれた化学反応の連鎖という「現象」として捉えたことで、その動きを停止させる術を見出すことができた。

 つまり、船に置かれていた「折り鶴」と「春と修羅」は、ゴジラを止めるために牧元教授から日本政府に与えられたヒントであったとも読み解くことができる。