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 アパレル業界の常識を根底から覆すものづくりに挑戦するブランド「ファクトリエ」。店舗なし、セールなし、生産工場を公開、価格は工場に決めてもらう——。これまでのアパレル業界のタブーを破って、日本のものづくりを根底から変えようとしている。つくる人、売る人、買う人の誰もが、「語りたくなる」ようなメイド・イン・ジャパンの新しいものづくりに挑戦している。

 本連載では、同ブランド代表の山田敏夫氏が、思いのあるものづくりを実践している人々に話を聞く。連載4回目に登場するのは、高品質な日本製のシャツを手掛けるシャツ・ファクトリー、HITOYOSHI株式会社の吉國武社長。ファクトリエが創業して初めて、一緒に商品を作ったのがHITOYOSHIだった。吉國社長は、なぜ、山田氏と一緒にシャツを作る決断を下したのか、話を聞いた。今回はその前編。(本記事は、2018年11月19日に蔦屋中目黒店で開催したイベントの内容を記事にしました。聞き手はカルチュア・コンビニエンス・クラブ執行役員兼中目黒蔦屋書店館長の中西健次氏、構成は宮本恵理子)。

HITOYOSHI株式会社代表取締役社長の吉國武氏(写真左)
大手アパレル会社の子会社だった人吉ソーイングの取締役時代、リーマンショックの影響で経営破綻した人吉ソーイングの再建に着手し、職人の技術を活かす高価格帯のシャツ・ファクトリーとして2年で黒字化を達成。現在は、オリジナルブランドを全国20都市以上の百貨店で展開する。「HITOYOSHI」の社名は本社工場を置く熊本県人吉市に由来する。
山田敏夫氏の「ファクトリエ」の歩みをまとめた『ものがたりのあるものづくり

中西氏(以下、中西):『ものがたりのあるものづくり』の出版記念として、ファクトリエの山田敏夫さんと、熊本県人吉市に工場を置くシャツ・ファクトリー「HITOYOSHI」の吉國武社長にお越しいただきました。山田さんは弊社(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)のベンチャー支援プログラム「T-VENTURE PROGRAM」に2016年にエントリーされて、優秀賞を獲得されたご縁で、蔦屋書店の店舗でも商品を紹介したりして、応援させていただいています。吉國さんは、山田さんがファクトリエを創業して初めてタッグを組んだパートナーでもあります。

山田氏(以下、山田):僕らは、メイド・イン・ジャパンの服を売っている会社です。ミッションは「語れるもので、日々を豊かに」。服を買う時の判断軸に、デザインや価格だけでなく「作り手の想い」という3つ目の軸を提案し、定着させようとしている会社です。

 現在、一緒にものづくりをしている工場は全国55カ所。創業から6年、これまで国内600以上の工場を回り、世界に誇れる技術を持ち、僕たちと同じ夢を描いてくれる工場とだけ提携してきました。

 販売はネット通販だけですが、工場ツアーや工場長を招いた店舗でのイベントなど、作り手の思いを買い手に直接伝える機会は大切にしています。僕らは、作り手と買い手をつなぐ“伝え手”でありたいと考えています。

 そして、ファクトリエの商品第1号であるシャツを作ってくださった工場がHITOYOSHIさんでした。当時は何者でもなかった僕に、辛抱強く伴走してくださったのが吉國社長なのです。

 ファクトリエが初めて作ったシャツは、クラウドファンディングで販売を始めました。

吉國氏(以下、吉國):もう6年前のことですね。その頃、当社はリーマンショックによって一度経営破綻したのを機に、職人のものづくりという原点回帰に戻って、高品質のシャツだけを作ろうと決意を固めていた時期でした。

 再出発した時にはたった5人だった社員も、今は127人まで増えて、社員みんなが山田さんとファクトリエの応援隊です。

 HITOYOSHIの本社は東京の青山に置いていますが、工場は熊本県人吉市。山間の小さな町で、酒も水もうまい環境で、毎日シャツを作っております。

中西:山田さんも熊本出身ですから、熊本というのがお二人の共通点ですね。お二人がアパレル業界に入ったきっかけは。

山田:僕は創業100年の洋品店のせがれとして生まれ、物心ついた時から服が身近にありました。それも両親は時代の流れに逆らって「丁寧な接客で日本製の仕立てのいい服を売る」という姿勢を貫いていました。

 お客さんが笑顔で買ってくださっているのを見ながら育ったので、「服は買った人の明日を明るくできる」という考えが身についたと思います。

中西:そして、大学在学中に留学した先のパリで、今の事業につながる気づきを得たんですよね。